第4話 後悔

 オレンジ色に染まる街を観光バスが走り抜ける。

最後列、窓側の席に私は座り、窓の外を流れる街並みを眺めながら今日の出来事を思い出していた。


一言で表すなら『最悪な一日』――

幼馴染の優斗を追放してからのお別れ宣言。

私は罪の意識に苛まれていた。


そんな私の心情を知らないクラスメイト達は添乗員バスガイドの司会のもと、尻取り歌合戦を楽しんでいる。


私は参加する気にはなれない。


今、私の隣には将太が座っている。

彼と付き合いだしたのは、修学旅行のグループ決めが終わってすぐのことだ。

人気者で、スポーツ万能、女子の間では一番人気の男子。


少し強引で我儘だけど、優しいだけしか取り柄がない優斗と違う気がして惹かれたのだ。


「唯奈、どうかしたのか?」


表情を読み取ったのか将太が話しかけてきた。


「ううん、なんでもない」


そう応えて私は将太に微笑んだ。

何でもない訳なんてない。

追放後、優斗は帰りのバスが来る集合場所に来なかったのだから。


「ショックだったよね……」


思わず言葉が漏れる。

将太と付き合い始めたことは帰ってから、ちゃんと話すつもりでいた。

なのに、グループ行動になると、将太は二人きりで回りたいと言い出したのだ。


優斗に対するけじめをつける方が先だというのに……


そして突然、将太は行動に出た。

先生の目が届かなくなった所で、優斗をグループから追放したのだ。

そして、私たちの関係をバラしたのである。


あんな顔をした優斗を見たのは初めて……


でも、優斗がいけないんだからね。

私は苦し紛れに将太に乗り換えた原因を元カレの優斗に責任転嫁した。

本当は私が一番いけないのに。


「優斗、大丈夫かな?」

「平気、平気、子供じゃないんだし、何とかするでしょ!」


まるで意に介さないと言う風に将太は鼻で笑う。

将太って、こんな意地悪な顔をする男子だったかな。

少し違和感を覚える。


 男子人気ナンバーワンの将太からの告白――

これまで優斗しか知らなかった私にとって、それは新鮮で心が踊った。

当時、優斗の彼女だったというのに。


「これって浮気だよね?」


友達に相談したら、


「マジで? 将太君の方が良いじゃん。付き合っちゃいなよ!」


意外なことに好反応だった。

他の人に聞いても、答えは似た様なもの。


私自身も浮かれていた、と思う。


だから、彼氏がいながら将太の申し出を受け入れたのだと思う。

でも、付き合ってみたらどうだ。


――将太は強引で、ファーストキスは告白に返事をした時に奪われた。

誘われるまま彼の家へ遊びに行ったら、ずっと大切にして来た物を強請ねだられた。


雰囲気に流された自分にも非はあると思う。


優斗はそんなことはしなかった。

いつだって、私のことを尊重してくれたから。

だから、将太も同じ様に考えていた。


甘かったと思う。

将太と、優斗は違う人間なんだって認識しするべきだった。


ただ――


これで追いつけたってホッとした自分もいる。

周りの子たちがどんどん少女を卒業して行く中、置いてけぼりを食っていた私は律儀に手を出さない優斗に苛立ちを感じていたからだ。


「結婚するまでエッチはお預けだよ?」


優斗の告白を受け入れた時、そう言ったのは私自身だった。

彼は、その約束を馬鹿正直に守っていた――


「平気だって――」


突然、将太が言った。

きっと今、私は辛気臭い顔をしているのだろう。


「だって点呼の時、将太が優斗の声真似をして代返したから、未だに先生も気付いてないんだよ?」


そう言って彼を非難した私の脳裏に優斗のお父さんや、お母さんが悲しむ顔が浮かんだ。私と優斗が付き合うようになったことを知った時、ご両親は大いに喜んだ。


「これで優斗も安心ね……」

「なんだよ。結婚するって決めた訳じゃないんだぞ」

「だって……ねぇ。 唯奈ちゃん……」

「お母さん、大丈夫ですよ、小さい時から一緒だったので」


あの時の言葉が、重く心にのしかかる。

同時に、自分が如何に酷いことをしたのか気付いて怖くなった。

追放して、振ったあげく、旅行先へ置き去りなんて――


「チッ! 面倒臭いな。良い子ぶっているけど、お前も共犯だからな。バレたって逃げるなよ?」


共犯と聞かされて、心臓が止まりそうになった。

でも、そうだ。


追放されそうになった優斗を私は守れる立場にいた。

将太が優斗を真似て点呼に返事をした時だって、先生に間違いを正すことだって出来たはずだ。


なのにしなかった。

そう、彼の行動を諫めなかった時点で、私は共犯者なのだ。


「う、うん。分かっている」


罪悪感で、俯いた時だった。

将太は私の太もも上に乗せていた手をスカートの中へ入れて来た。


「こんな時にやめてよ」


小さい声でたしなめる。

スカートごと将太の手を掴んで、奥へ手を入れられまいと抵抗した。


バスの中はしりとり歌合戦が最高潮で、クラスメイト達は『どんぐりころころ』の合唱に夢中だ。


気付く者はいない。

でも、声を上げて注目されるのはもっと嫌だ。

反対側の席を見ると、そっちに座る二人は疲れて眠りについている。


「抵抗するなよ……」


耳元で将太が強い口調で囁いた。


「駄目だよ……」


駅へ着くまで約三十分、抵抗し通せるだろうか。


こんな時だというのに、優斗の優しい笑顔を思い出した。

彼なら絶対こんなことはしない。


「結婚するまでエッチはお預けだよ?」

「マジか? 大人になるまで童貞かよ……」


燦々さんさんと降り注ぐ日差しのもと、嬉しそうに笑った優斗。

そんな彼に物足りなさを感じたが、それは贅沢な悩みだったのだろう。


「嫌っ!」


遂に将太の指が触れて私は小さく叫んだ。

男子と女子、その力の差は歴然で一度抵抗に失敗すると後は一気。


「ほら、もっと開けよ……」


ヒソヒソ声で将太が命じる。

声が怖くて、ビクッと身体が震えた。

そして、観念すると力を抜いた。


意思とは異なり、反応する身体が恨めしい。

何で将太に乗り換えたのだろう。


ああ、今、やっと気づいた。

やっぱり、私は…… 優斗のことが……

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