第3話 置いてけぼり
「待って!」
その声に振り返るとそこには、月島さんがいた。
緊張が覚めやらないのか、その瞳からは未だに涙が流れている。
しかも、俺の手を握ってきた。
ズキューン!
胸が高鳴った。
フォークダンスとかで強制的にペアを組まされない限り、触れ合うことなど許されない高嶺の花が僕の手を掴んでいるのだ。
やべえ……
このままじゃ、好きになっちゃう。
「あ、あの、同じ学校の方ですよね?」
月島さんはおずおずと、上目遣いで訪ねてきたが――
一瞬で俺は冷めた。
「えっ? ……あっ、まあ、そうですよね。大丈夫なら良かったです。それじゃ失礼します」
これは効いた。
――月島さんの言葉は不良のパンチよりキツかった。
だって、隣なんだよなぁ。
学校では席が隣なのに、『同じ学校の方?』と来たもんだ。
「あはっ、あはははははは!」
急に可笑しくなって笑いだした。
彼女にとっての俺は名前すら覚える必要のないMOBなのだ。
それが理解できたとき、生まつつあった彼女への小さな気持ちが一瞬で吹き飛んだ。
たとえるなら卵――
生まれたばかりの卵が巣から転げ落ちて壊れるような感じだ。
(空しい……)
笑い出した俺に釣られて、彼女のグループのメンバーも笑い声を上げた。
そんな中、月島さんは一人事情が分からず困惑している。
「萌亜さん、こいつは隣の席の三島優斗ですよ!」
さっきの男子が月島さんに説明した。
有難いけど止めてくれ、無価値な自分が恥ずかしくなるから。
そこでやっと彼女も気が付いたのだろう。
「えっ?! 三島くんって」
『しまった』と言う表情を見せた月島さんだったが、すぐに可愛くはにかんだ。
たぶん失言を取り繕うために、媚を売っているのだろう。
分かっていても、涙で頬を濡らしながらはにかむ彼女は可愛すぎる。
だが断る。
いくら可愛くても、あざとい女は願い下げだ。
とは言え――
「あっ、涙。跡が残りますよ?」
未だに涙を流す彼女に俺はハンカチを差し出した。
いくら気に入らないとは言え、泣いている少女を放って置くほど俺は腐っちゃいない。
「……それ、あげますから。それじゃ」
今度こそ、月島さんの許を立ち去った。
とにかくこの場を離れたい。
後ろから声がするが、もう俺の耳には入らない。
余りにも惨め過ぎた。
・
・
・
俺は彷徨った末、疲れて大きな公園のベンチに横になって眠ってしまった。
どれだけ眠ったのだろう。
悪夢が楽しい夢に変わったところで目が覚めた。
「あれ?」
最初に目に飛び込んで来たのはオレンジ色に染まった空だった。
空を飛ぶカラスが七つ子のもとへ飛んでいく。
そして、同時に自分の置かれた状況が非常に拙いことに気が付いた。
(急いで集合場所へ行かないと……)
すぐに俺は走り出した。
昼間に箕輪と唯奈に追放されたのは、バスから降りてしばらく歩いた所だった。
腕時計をみると、バスの出発時間はとうに過ぎている。
でも、点呼で俺がいなければ、たぶん待っていてくれるはずだ、うん。
数分後、バスから降ろされた場所へ着いた俺は、崩れ落ちた。
まずは『修学旅行の栞』を先に見るべきだった。
迎えのバスが来る集合場所は、バスを降りた場所では無かったのだ。
確か、ここから一時間以上歩いた場所のはず。
それだけではない。
バスは生徒をピックアップしたら最寄り駅へ向かい、そこから新幹線で帰る事になっているのだ。
「オワタ……」
取り敢えず、もといた大きな公園まで歩いて戻る。
辺りはすっかり暗くなり、水銀灯が点る公園内の人影はまばらだ。
閉店の準備で忙しそうな土産物屋を横目に、その向かい側のベンチに腰掛けた。
さて、どうするか。
こういう場合は『修学旅行の栞』を参照するのが
だったらと旅行鞄の中から、修学旅行の栞を取り出した。
「なになに…… 遠足は家に着くまでが……」
糞が!
余計なことは書いてあっても、必要なことは何一つ書いてない。
そもそも、旅館の連絡先が分かっても、今の俺には何の意味もない。
てか、担任の携帯番号や、緊急時の連絡先くらい書いて置けよ。
だがここで、基本的に思いを巡らせる。
生徒が待ち合わせ場所に現れない場合、どうなるのだろう。
先生から生徒の携帯へ電話をするとか?
――でも、自分の携帯は貴重品袋に入れて、先生に預けていたよな。
頭が痛くなって来た。
考えれば考えり程、担任へ連絡を取る手立てがない。
いよいよ困った。
俺は再びベンチへゴロッと横になった。
ああ、夜の空って暗いけどやっぱり青いのな……
地元で見るのと変わらない月が俺を見下ろしている。
「ハッ!」
そこで閃いた。
俺は飛び起きて、まさにシャッターが下ろされようとしていた土産物屋へ転がり込んだのだった。
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