第2話 絡まれ令嬢
幼馴染の唯奈に振られた俺はあてもなく観光地を彷徨っていた。
たぶん、他人の目からはゾンビが歩いているかのように見えただろう。
そんな時、下品な声が風に乗って聞こえて来た。
「へへッ! 可愛いじゃんか。俺達と気持ち良いことしようや!」
「や、やめてください!」
声がした方へ目を向けると、数人の男子に囲まれた女子学生。
うち、一人の男子が女子学生の腕を掴んでいる。
(可愛い女子だな……)
細い身体に長い手足、肩まで伸ばした黒髪に……
「って、月島さん?!」
渦中の美少女は、最近学校で席が隣になった
彼女は日本有数の企業、月島ホールディングのご令嬢でクラス内カーストトップに君臨している。
日頃は腰巾着を引きつれブイブイ言わしている彼女だが――
状況から察するに、彼女はグループ行動中に他校の不良に絡まれたのだろう。
その証拠に、彼女のグループのメンバーが遠巻きに見守っている。
(てか、なんでお前らは指を咥えて見ているのかと)
友達甲斐のない奴らだ。
普段、彼女の前で威勢の良いことを言っていても、いざとなると役に立たない。
このまま放って置いたら、月島さんは連れ去られ兼ねない。
そんな時である。
「おい! お前ら! 彼女から手を放せ!」
正義の味方が、月島さんを助けに来た。
そう、俺だ。
もちろん、普段の俺なら関わらなかっただろう。
しかし、幼馴染の唯奈に振られ、グループを追放された俺は――
まさに手負いの獣、この感情を誰でもいいからぶつけたかった。
「その汚い手を放せ! 虫けらが!」
むしゃくしゃしてたから言った。
反省はしていない。
ぶっちゃけ、ボコボコにされても良いとさえ思っていた。
「うん? なんだお前ぇ?」
一番柄の悪そうな不良は、捕えていた月島さんを他の者に任せ、半笑いで俺を見た。
『こいつにだけは絶対負ける気がしない』、そんな自信すら感じる。
もちろん俺は喧嘩をしたことなんてない。
部活もやってないし、どちらかというとインドア派なんだが……
ゆえに、不良の見立ては間違っていない。
「た、助けて!」
目に涙を滲ませた月島さんが叫ぶ。
その声に突き動かされる様に、俺はフラフラと不良どもの輪の中へ入った。
ぶっちゃけ、倒せるなんて思っていない。
だから作戦はこうだ。
タックルして月島さんを自由にするつもり。
その隙に彼女には逃げて欲しい。
――なんて、頭の中で考えて見ただけ。
とにかく挑発する。
「美少女一人に寄って集って、一人じゃ女の子も口説けない童貞ですか!? まあ、童貞なら仕方ないかぁ~」
もちろん俺も童貞だ。
だが言ったもの勝ち、挑発は先に言った方がアドバンテージをとれる、はず。
ついでに、月島さんが処女だったら嬉しい。
彼の仲間も、俺と対峙した男を見てニヤついていた。
図星かよw
「ど、童貞ちゃうわ!」
微妙に効いてる気がする。
何にしても、彼らの興味を月島さんから俺へ切り替えるのには成功した。
内緒だが、俺の足は怖くてぶるぶる震えている。
だが、さらに前へ。
「つべこべ言わずかかって来いよ」
虚勢を張ってうそぶく俺。
ここで月島さんには『彼氏よ!』なんて言って貰えたら、テンション爆上がりなんだが。
チラッと月島さんを見る。
彼女は目を固く瞑って非日常的なこの状況から逃避していた。
うん、知ってた。
一方、不良という生物は何処でも沸点が低いと決まっている。
彼らも例に漏れず、俺の胸倉を掴み上げた。
(あっ、しまった……)
タックルするはずが調子に乗っていたら、掴まれた。
「このゴミがっ!」
不良の大振りの拳が俺の顔面を目掛けて唸りを上げる。
オワタ……
目を瞑り、俺は反射的に身を
(
ゴキッ!
額の少し上あたりに強い衝撃を感じたが、痛みはそれ程でもなかった。
見掛け倒しのへっぽこ野郎だったとか?
だが、この推測はあたらずとも遠からず、なぜか殴った不良の方が情けない声を上げた。
(何が起きた?)
すぐに事情が理解できなかった。
殴られたのは俺なのに……
彼らの会話から判断するに、やっぱり不良の拳は俺の額のあたりに命中したらしい。
因みに額は人体でも特に固い部位だと言われている。
まともに殴ったら、たとえプロボクサーでも拳を壊したり、手首を折るなどし兼ねない。
なのにグローブも付けずに殴たっら、そりゃ痛いだろう。
「痛ってえええ!」
チカチカお星さまが飛び交う視界の向こうに、手首を掴んで脂汗を流す不良。
よく見れば、指が変な方向を向いていた。
「びょ、病院! 病院だ!」
仲間の一人が叫ぶ。
さらに数人が指を折った不良を抱え上げ、俺を無視して運び去ろうとしていた。
俺はその背中に向かって低く叫んだ。
「必殺、
顎を引き俯き加減に、逃げる不良をにらんだ。
すると、怪我をした不良は足を止め担がれたまま顔だけこっちへ向けた。
顔面蒼白、額には脂汗がにじんでいる。
そんな彼の目には、仁王立ちする俺の雄姿が映っていることだろう。
「ひ、必殺、
「大人しくしてください! 早く病院へ!」
不良共はバタバタと、その場から去っていった。
「やれやれ……」
フィストクラッシュなんて口から出まかせだ。
やられっぱなしが悔しくて、つい必殺技っぽい名前を言ってみただけだが、不良どもには想像以上に効果はあったようだ。
それより、月島さんだ。
殴られてズキズキ傷む額をさすりながら、俺は彼女に声をかけた。
「あの、大丈――『萌亜さん! 大丈夫ですか!』――っ!」
しかし、俺が月島さんへかけた言葉は、彼女のグループの男子によって打ち消された。
ご丁寧に俺と彼女の間に割り込んでだ。
うん、知っていた。
こいつらは俺のことなんて眼中にない。
この
人を救って殴られた人よりも、守られた美少女の方が心配なのだ。
だが、それは仕方ないにしても――
あわ良くば上手いこと取り入って、漁夫ろうする態度を隠しきれていない。
浅ましいったらありゃしない。
俺がそんな風に思っている脇で、腰巾着の独りよがりな自己PRは絶好調だ。
「いやぁ、萌亜さん大変でしたね。一瞬早くコイツに割って入られましたが、俺だったら……」
そいつの言葉は軽くて、利己的で、喋れば喋るほど、聞いているこっちは白けてきた。
(もういいや……)
陰で俺を笑う声までする。
馬鹿馬鹿しくなって、俺は彼らに背を向けた。
だが――
「待って!」
背後から声がして手を掴まれた。
振り返ると、緊張が解けて気が緩んだのか目から涙を流す月島さんがいた。
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