第5話 小さいお姉さん
駆け込んだ土産物屋さんは、何十年も前からここにあるらしい。
普段は老夫婦が二人で切り盛りしている小さなお店――
ここ数日は帰省していたお孫さんが手伝ってくれて助かっているというのは、お婆さんの談だ。
「本当に助かります」
お礼を言って簡単に事情を説明しようとしたが、
「疲れたじゃろう。まずは落ち着いて……」
座るように促され、老夫婦がお茶を勧める。
別に断る理由もないので、そのままご厚意を受けることにした。
京都は言わずと知れたお茶の産地だ。
美味しいお茶を頂きながら、詳細を老夫婦へ面白おかしく説明すると、
「――それは災難だったね」
と気の毒そうに同情してくれた。
良い人たちだ。
思い返せば、半分は自分がやけになって招いたことだ。
「ええ。ただ、バスに遅れたのは公園で寝入ってしまった自分にも非はあるので……」
そんな話しいる所に、奥で片付けをしていたお孫さんが入ってきた。
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、洗い物終わったよ! あれ? あ、学生さん?」
「お邪魔しています」
俺はペコリと頭を下げた。
まだ中学生だろうか。
それでも、お孫さんの背は低く肩まである艶やかな黒髪にカチューシャをした美少女だった。
(大きくなったら美人さんになること間違いなしだな)
失礼なことを考える俺も、保護者が必要な歳だけど。
「果歩や、この子は優斗君。修学旅行のバスに置いてけぼりにされたんだって」
「えー、そんなことってあるの?」
果歩ちゃんはお爺さんから話を聞いて同情するような表情を見せた。
が、突然、何の前触れもなくプッと吹き出して笑い出す。
「ごめんなさい。笑っちゃいけないのに……」
謝ると安心したのか、今度はケラケラ笑いだした。
どうやら彼女は笑い上戸らしい。
「あはは、笑っちゃうよね。俺が逆の立場なら、笑ったと思うよ」
「ははは…… ご、ごめんなさいね」
まあ、深刻な表情で美少女に心配されるよりかは遥かにましだと思う。
俺はテーブルに置いてあったお茶を一気に飲み干した。
「あっ、と…… そろそろ電話をお借りしても良いですか?」
「そうじゃった。そこの電話を使いなさい」
お爺さんが指さす先には、なんとも古風な電話機が置いてあった。
これが黒電話というやつか……
「……すみません。これどう使うのですか?」
「使い方は、私が教えるね」
果歩ちゃんは僕のもとへやってきた。
ふわりと漂う女の香り。
(むむっ、生意気な)
女子は小さくても女だと聞いている。
ただ、まさか匂いまでそうだとは想像が及ばなかった。
二人で電話の前まで移動する。
果歩ちゃんは受話器へ手を伸ばしたが、案の定届かない。
それもそのはず、狭い店に無理やり設置された電話は不自然に高い位置にあるからだ。
「手伝うよ。じっとしてて……」
そう声をかけて果歩ちゃんの脇へ手を差し込んだ。
「ふえっ!?」
くすぐったそうに身を捩る果歩ちゃん。
でも、俺は気にせず彼女を電話の高さまで持ち上げた。
「嫌っ! 下ろして! 子供じゃないんだからね!」
彼女は耳まで赤くして、小さな拳を振り上げた。
とはいえ、やってみて確信したが、俺の助けなしに果歩ちゃんが電話を操作するのは難しい。
「はいはい……」
適当にあしらって、彼女の高さを維持した。
「もういい! 見てて!」
果歩ちゃんは、顔を赤らめながら電話の操作を教えてくれた。
「――有難う。お借りします」
早速教わった通りに電話を操作して、自宅へ連絡する。
二、三コール後、電話が繋がった音とともに、聞き慣れた母さんの声がした。
「あら、優斗。電話なんかしてきてどうしたの?」
「――じ、実は……」
状況を掻い摘んで説明する。
母さんは呆れたり、怒ったり――
現地で親切な人に保護して貰ったと伝えるとすぐに代われと言う。
しばらく、二人は電話で話していたが終始穏やかに話しが進み、お爺さんは俺に代わることなく受話器を置いた。
そして、お爺さんは「今日はここに泊りなさい」と言ってくれた。
本当に有難い。
俺は老夫婦に深々と頭を下げた。
「優斗くんって、東京に住んでいるんだね?」
「うん。何で分かったの?」
「電話するときの市外局番? 私が一人暮らしをしているアパートも一緒だから」
探偵かよ。
ちなみに市外局番はゼロサンでは無く、ゼロヨンニ+ロクで八王子だ。
「じゃあ、うちの近所かもしれないね」
「うん。でも、そっかー。だったら、私は明日帰るんだけど一緒に帰る? 車でだけど?」
「えっ? 車?」
「うん」
不思議そうに質問する俺に、彼女は元気に返事を返してくれた。
親御さんが迎えに来るのだろうか。
あるいは高速バスという手もあるぞ――
実は手持ちのお金から、帰る方法として高速バスを考えていた。
とは言え、念のために聞いておこう。
「誰か迎えに来るの? ご両親とか?」
お世話になるんだったら菓子折りの一つでも買ったほうが良いかもしれない。
もちろん、この売店で。
だが、そんな気遣いは彼女の言葉で吹き飛んだ。
「私が運転するんだけど?」
「ええっ! 冗談だよね? 免許証は持っているの?」
「うん。去年取ったばかりだけどね」
何だろう。
最近、免許証が取れる年齢って引き下げられたのかな。
俺自身、十八歳になったらすぐに免許を取ろうなんて考えていたから、実の所とても興味があった。
「えっ? 果歩ちゃんでも取れる免許があるの?」
「えぇ~! 酷い! なんとなく感じていたけど違うからね。優斗くんより私の方がお姉さんだよ?」
「えっ? えぇ~!!」
この日一番の驚きだ。
『中学生くらいかな』なんて思っていた少女が、実は車の免許も取れる年齢だったなんて。
そう、『果歩ちゃん』は、『果歩さん』だったのだ。
「もう、驚くのはそれ位にして、一緒に帰るの? 帰らないの?!」
「だ、大丈夫ですよね?」
急に心配になってきた。
そもそも、運転する時、『足がペダルに届くだろうか』なんて考えてしまったのは内緒である。
「何を心配しているのよ!」
「そ、そうですよね。すみません。じゃ、じゃあ、よろしくお願いします」
「うん。任せて! そうとなれば早くお風呂行って寝ましょう。明日は早いよ!」
果歩さんは、左手を腰に当て、右手で親指を立てると薄い胸を張る。
しかし、小さいな。
彼女には申し訳ないが、今でも彼女が運転するとは信じられない。
それほど彼女の背は小さく可愛い。
目算だが身長は百四十センチそこそこだろう。
「え、ええ…… あっ…… その前に! ちなみに果歩さんは
「もう、女性に年齢を聞くかな? でも教えてあげる。今年で二十歳、大学生だよ」
「まじか!」
思わず驚きが口をついて出た。
舐めるように果歩さんの身体を下から上へじっくりと眺め、『これ以上、育たないか……』などと、失礼なことを考えた。
「もう、酷~い!」
年齢をカミングアウトした果歩さんは、もはや遠慮をしなかった。
俺のもとへやってくると、握りしめた拳をポカポカと
「痛っ! ひいい! ごめん、果歩さん! ごめんなさい!」
痛がって謝ったが、実は嘘――
全然痛くありませんが。
とは言え、老夫婦や果歩さんには感謝しかない。
親切な人たちに助けられ、沈んだ心はいつも間にか癒されていたのだから。
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