第6話 令嬢駆ける

 大きな旅行鞄を携えて、新幹線の駅へ降り立った。

先生の号令の下、家路を急ぐ人で溢れるホームの片隅に私達は整列した。


京都からの帰りである。

皆、疲れているせいか口数は少ない。

そんな中、先生が修学旅行の総括をはじめたが――


「間もなく電車が発車します。黄色い線の内側までお下がりください」


場内アナウンスが流れ、続いてベルが鳴り響いた。

降車客が先を争うように列をなして出口へ通じる階段へ急いでいる。


ルルルルルルルルッ!


先生の総括は場内アナウンスと、発車ベルの音にかき消された。

停車していた新幹線が静かに走り去ると、途端に旅の終わりを実感させられる。


「それじゃ、みんな気を付けて帰路についてくれ。解散!」


先生の言葉で、私たちは解散になった。

後は、各々交通機関を使って家へ帰るだけだが――


この場に幼馴染、優斗の姿はない。


「唯奈、早く行こう。途中、ちょっと休憩していこうぜ」

「え、ええ……」


優斗を修学旅行先へ置き去りにした張本人、将太が私の手を乱暴に取る。

そこに労いはなく、ただ自分本位な欲望に任せた行動だけがあった。

促されるまま、私は将太に歩調を合わせる。


(――どうすれば)


結局、私は優斗のことを先生に申し出なかった。

原因を作った将太、私はその共犯者。

この事実が知られることで、叱られることが怖かったのだ。


(忘れよう……)


温かいシャワーを浴びて、一晩寝たら解決しているかもしれない。


そう、いつだって、優斗は何とかしてきた。

野犬に追われたときだって、廃冷蔵庫から出られなくなった時だって、家の二階から落ちた時だって……

優斗はかならず生還したからだ。


そんな風に考えて、歩き始めた時である。


「誰か! 三島君を見ませんでしたか?!」


帰路を急ぐクラスメイト達の中心で、ひと際大きな声上げる女子がいた。

彼女は月島萌亜つきしまもあ

押しも押されもせぬ大企業、月島ホールディングスのご令嬢だ。


(どうして月島さんが優斗を探しているの?)


優斗と彼女の関係をいぶかしく思いながら、遠巻きに彼女を見やる。


「帰りのバスや新幹線の中で、三島君を見た人はいない?」


学校でも人気者で、それなりに力のある月島さんが自ら優斗を探している。

何かあったのだろうか。

すぐに数人のクラスメイトが、ヘコヘコしながら彼女の周りへ集まった。


「三島がどうしたの?」

「新幹線の中で気づいたけど、彼の姿が見当たらなくて」

「大丈夫だよ。月島さんが席へ行ったときはトイレにでも行ってたんでしょ」


真剣に心配するのは月島さんに対して、それを大丈夫だと宥めるクラスメイト達。

やがて、一人、二人と月島さんのもとを去って行く。

彼女の力を以てしても、優斗のために動こうとする者は現れないようだ。


そして彼女周りから人気ひとけがなくなった時、私は激しく自分の中で葛藤した。


(話した方が良い、でも話したら……)


黙っているか、それとも話すべきか――


しかし、月島さんはそんな私の姿を認めると、彼女の方から私のもとへ駆け寄ってきた。

逆に隣に立つ将太は鼻の下を伸ばしている。


「唯奈さん! 確か唯奈さんは三島君と付き……」


そこまで言って彼女は言葉を飲み込んだ。

たぶん、私と将太の手が繋がれているのが目に入ったのだろう。

一瞬、怯んだような表情をしたが、


「三島くんと同じグループだったよね?」


機転を利かせて、言葉を変えて尋ねてきた。

こういう所も、彼女の人気を押し上げている理由だろう。

一生懸命になる月島さんの言葉が、私の気持ちを素直にさせた。


(今だったら正直に言えるかも……)


心は決まった。


「あのっ、「月島さん、確かに三島は俺たちのグループだ。でもよお、途中で別行動になってな。それから俺たちも会えていないんだ。まったく人騒がせな奴だよ。たぶん、別の車両に乗っているんじゃないか?」」


白状しようとしたら、将太が割り込んで出まかせを語った。


「えっ?」


潰された。

邪魔されて優斗を救う機会を逸してしまった。

原因はまたしても私の彼氏、翔太。


月島さんは、信じられないという表情で私たちの顔を見比べている。


「そんな……」


そう一言残すと、彼女は身を翻し出口へ通じる階段を駆け上がって行った。

もし、優斗の状況が分かったとしても、それを伝えるべき担任は新幹線のホームから姿を消していた。


てか、帰るの早すぎ。


「もう、先公もいないし、明日、伝えても良くね?」


無責任に将太が言う。

人が一人消えたなら、一刻も早く手を打つべきなのに。

そんな彼がだんだん気持ち悪く思えてきて、


「明日も、明後日も休みよ! 人が消えたんだよ? 良い訳ないでしょ!」

「俺が知るかよ!」


そこから私たちは口論になった。


売り言葉に買い言葉――

気付けば他のクラスメイト達は、とっくに帰路についていた。


本当に私は何をしているのだろう。

肝心の優斗は置き去りのままなのに。



 蛍光灯に照らされた駅の階段を駆け下りながら私は憤っていた。


「もう、何なの?! このクラスは……」


クラスメイトが消えたのに、皆がこんなにも薄情だなんて。

一方、三島くんは困った人がいれば危険を顧みず手を差し伸べてくれる、そんな人だった。


 三島君がいないのに気付いたのは、新幹線に乗ってから。


(昼間、助けてくれたお礼を言わなきゃ――)


修学旅行の栞に添付された補足資料を参考に三島君に会いに行くと、彼の座席はクラスメイトの荷物置き場になっていた。


(――どうして?)


確かに、三島君は存在感の薄い男子だ。

希薄と言い直してもいい。

それでも彼の座席を見た時、彼の身に何かが起きたと直感した。


昼間、彼が助けてくれた場面が脳裏をよぎる――


「ねえ、一人? 俺たちと遊ばない?」

「えっ……」


見事なお寺に気を取られ、皆から離れてしまった私は不良に声をかけられた。

着崩した制服に、野盗のような下品な目つき。

今時、ドラマでも見ないような典型的な不良たちの群れだ。


すぐに私の異常に気付いたクラスメイトだったが……

女子たちは恐怖で身を寄せ合い硬直し、男子たちは気付かないのか明後日の方向を見ている。


――そんな中、三島君が颯爽さっそうと助けに来たのだ。


「おい! お前ら! その子から手を放せ!」


恐怖に絶望していた私にとって、どんなに心強かったことか。

しかも、たった一人で不良どもと戦い、撃退すらして退けたのだ。


なのに、


「同じ学校の方ですよね?」


私が三島君に放った言葉は最低だった。

同じグループの男子に教えられるまで、学校で隣の席に座っている彼だとは気づかなかった。

いや正直に言うと、助けられるまで三島優斗という男子に対して無関心だったのだ。


私の言葉を聞いた三島君は微笑んだ。

まるで、私の反応を知っていたとばかりに。


好きの反対は無関心―― 以前、聞いた言葉を思い出した。


「大丈夫なら良かったです。それじゃ失礼します」


そう言い残して、その場から去って行った。

私は、あんなに寂しい笑顔を見たことは無い


なんて失礼なことを言ってしまったのだろう。

耳障り良い言葉をささやくクラスメイトは多い。

でも、窮地きゅうちに立った私に手を差し伸べたのは、名前も知らないクラスメイトだった。


(これが以前、お母さまが話してくれた親友なのね……)


もう忘れない。

――忘れられる訳がない。


早く三島君に会いたい、会って謝りたい、そしてお礼を言いたい。


(ああ、忙しい。早く彼のことを調べ上げなければ……)


 駅を出ると、そこは大きなロータリーだ。

見回すと、新幹線の到着時間に合わせて迎えの車が止まっていた。


「お帰りなさいませ。萌亜もあお嬢様」


そう言って慇懃いんぎんに頭を下げているのは、当家の執事だ。


「早坂! 家に帰ったら至急のお願いがあります」


ドアを開ける運転手に荷物を渡して、後部座席へ乗り込んだ。

すぐにドアは閉められ、音もなく車は走り出した。


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