第7話 赤提灯

 月明かり射す町を俺と果歩さんは歩いている。

老夫婦の土産物屋で話を終えたとき、果歩さんが銭湯へ誘ってくれて今はその帰り。

初めて入った銭湯は思いのほか快適で、今でも身体がポカポカしている。


「まさか修学旅行で銭湯へ行くとは思いませんでした」

「土地のものをいろいろ体験するのが旅の醍醐味よ? 嫌なことばかりじゃ、最悪の思い出になっちゃうでしょ? 優斗くんが『良かった』って思えるように手伝うからね」


俺の前に回り込み、後ろ向きに歩く果歩さんは笑顔でウィンクする。

参ったなちょっと可愛い――


「なんか気を使わせちゃてすみません」

「いいよ。あ、それと敬語禁止ね。聞かされる方だって肩こるよ?」


クルッとその場で一回転、今度は並んで歩きだした。


「じゃ以後、失礼しますってことで」

「うん!」


果歩さんは返事をすると嬉しそうに身を寄せる。

彼女を見ていると、この世には、まだまだ楽しいことが有るように思えてくるから不思議だ。


(やっぱり、果歩さんは大人なんだな……)


昔から、『人は見かけによらぬもの』と言うけど、まるで彼女はその言葉が服を着て歩いているような人だ。


「そういえば、食事はしたの?」

「あはは…… 実は食べていなくって」

「ごめんなさい。私はてっきり…… じゃあついて来て」


古風な建物が並ぶ商店街、その中でも赤い提灯が目についた。

なるほど、古都京都とは言ったもので目の前に続く街並みは幻想的だ。

そんな商店街を進んで、不意に果歩さんは歩みを止めた。


例の赤提灯が灯る店の前だ。


「ここよ!」


提灯を指さし、果歩さんは得意気になる。

だが、ちょっと問題じゃないか?


「えっ、いい雰囲気のお店だけど、飲み屋だし、それに手持ちも……」


不安がどんどん膨らむ。

お酒が飲める年齢じゃ無いし、お金も足りない。

そもそも食事目的で、飲み屋に入って良いものか……


「気にしないで。お姉さんが奢ってあげる! というか、帰るまでの経費は私が立て替えるから心配しないで。贅沢はできないけどね」


そう言って俺の背中をバシッと叩く。

痛いよ果歩さん、でも、なんだかそんなことも気持ちいい。

それに叩かれたことで俺に憑いていた貧乏神が払われたような気すらする。


「果歩さん、ありがとう」

「ちょっと、『果歩さん』も無し! 果歩って呼び捨てで良いよ。その代り、君のことは優くんって呼ぶね?」

「――っ!」


果歩に手を掴まれ、そのまま店へ連れ込まれた。

週末なのに店の中は閑散としており、有線放送からは昭和の演歌が流れている。


「あら、果歩ちゃんじゃない。久しぶりね」

「こんばんは、おばさん」


知り合いなのか親しげに挨拶をする果歩。

だが、おかみさんの興味はどうやら俺の方にあるようだ。


「もしかして、隣の人って……」

「違う違う! 訳アリ男子なの。優くんって言うんだ。それでね、私たちまだ食事をしてないから、何か適当にお願い!」

「はいはい、いつも元気ね。じゃあ、二人とも空いているところに座ってね」


おかみさんは、厨房に姿を消した。

しばらくして、奥からおかみさんの声がした。


「そうそう、食べられない物はある?」

「いいえ、ありません!」

「じゃあ、すぐにこしらえるね」


見た目もそうだが、おかみさんは声も若い。

厨房の方を見ていると、果歩さんが肘で突いてきた。


「ねえねえ、優くん。ここの食事、美味しいんだよ」

「そうなんだ。期待して待ってる」

「うん、してして!」


しばらくして、厨房から出てきたおかみさんが、カウンターに料理を並べ始める。

突き出しはあげ豆腐、メインの焼き魚を囲むようにご飯、味噌汁、そして京野菜のお漬物まで添えられていた。


「お待ちどうさま」

「ほら、見て! このお漬物本当においしいんだよ」

「お、おう……」


料理を並べ終えたおかみさんは、俺と果歩を交互に見ながら微笑んだ。


「あらあら、本当に仲が良いわね。どう? 果歩ちゃんは良いお嫁さんになると思うのだけど?」

「ですよね」


異論はないので同意した。

おかみさんの言葉はしっかり果歩にも届いていたようで、恥ずかしいのか顔を赤くして取り乱しだした。


「なっ、ななななな!」


おかみさんはそれを華麗にスルーすると、今度は俺だけに――


「良ければ、ずっと仲良くしてあげてね。おばさんからのお願いよ?」


お願いされてしまった。

身体は小さいけど、果歩さんは大人の女性だ。

まさか、俺のような子供なんかが相手にされるはずがない。


それでも――

おかみさんのお願いには、『もちろん』って答えたけどね。


まだ、夜は始まったばかり。

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