第16話 初恋の行方
「だからまだ帰れないと言ってるでしょ。」
「なんでだよ、先日お母さまにお見舞いもしたし、ご挨拶をしたときに今日が退院て言っていた。一緒に連れて帰ってくれとも言っていたぞ。」
「もう少し、母の様子を見てから帰りたいと言ってるんです。分かって下さい。」
帰る帰らないの言い争いを病室前でしていると、母が顔を出して
「葵、私はすっかりよくなってるから大丈夫。元々、葵と一緒にいたくて呼びよせただけだし、けんちゃんと一緒に帰ってちょうだい。」
「お母さま、ありがとうございます。お母さんにとって葵が大事なように、俺にとっても大事な存在で、いないと仕事がうまくまわらないんです。」
お母さんに真剣な顔して話すので、私が恥ずかしくなってしまい早くその場を離れたくなる。
「お母さん、本当に大丈夫?」
「本当に大丈夫よ。退院の準備までありがとう。それより立派な旦那さんがいて、お母さん俄然元気が出てきちゃった。孫を抱くまでは死ねないわ。」
と笑いながら私とけんちゃんを見ている。
「まだ旦那さんじゃないし、変なこと言わないで。私帰るね。何かあったらすぐ連絡してね。またすぐ会いに来るから。」
「お母さん、俺は何時でも息子になりたいと思ってます。準備が出来ましたら直ぐにでも報告にいます。退院後で不自由なことがあったら連絡下さい。」
これ以上病室にいると二人が何を言い出すか分からなかったので、けんちゃんの手を引いて病室を出た。
けんちゃんから衝撃的な告白を受けてから、3ヶ月が経っていた。
けんちゃんはその間、仕事の合間を見て毎週のようにこちらに来てくれていた。
忙しい中、来てくれたことには感謝しかなかった。
この三か月間の御礼を言おうとしたら、社長が私の手を振りほどいてぎゅと手を握って駐車場の方へ向かって早歩きで歩いていく。
社長の車が見えてくる。
助手席を開けると、私を中に押し込んで、車を発進させた。
ここでようやく社長が
「お母さん、無事退院できてよかったな。来週、2人で様子見にこよう。」
と私にやさしく微笑みながら話かけてくれる。
「今日はお迎えありがとうございます。母のことで、これ以上面倒をかけるわけにはいかないので、一人で行くので大丈夫です。ところで、住む家が決まっていないので、とりあえず実家でおろしてもらっても良いですか。今日はホテルに泊まって、明日から住む家を探します。」
社長は一瞬考えるようなそぶりをしたものの、「あぁ。」とだけ言って
「それより、出勤は週明けの月曜日からでよろしく。席も仕事もメンバーも何も変わってないから。」
「ありがとうございます。このまま家無し職無しになるところ、ありがとうございます。今まで以上に頑張りますので、引き続きよろしくお願い致します。」
横にいる社長を見ながら声を掛けると、社長は嬉しそうに目を細めて私の手を握った。
「今日は折角時間があるから、家探しでもしに行くぞ。」
と言って懐かしい街へ向かうことになった。
昔話や他愛もない話をしたり、途中でSAに寄って2人でソフトクリームを食べたりして、楽しい時間を過ごしながら不動産屋を目指した。
楽しくてあっという間の時間だったので、この時間が終わってしまうのが寂しく感じたけど、もうすぐ駅に着きそうだったので
「社長、今日はありがとうごありがとうございました。月曜日から頑張りますので、よろしくお願いします。止める場所はどこでも良いので、適当に止めれそうな場所で降ろして下さい。あとは自分で家を探して、電車で帰りますので。」
と言って、降りる準備を始めた。
ところが駅に近づいて、駅を通り過ぎても車が止まることはなかった。
「あれっ、社長どこ行くんですか。駅を通り過ぎてしまいましたよ。」
と言うも社長は口を開くことなく、車を運転してどこかに向かっている。
なんだか見覚えのあるところで車が止まった。
「お前の家は今日からここだ。早く降りろ。」
と言うと、社長は車から降りる。
慌てて私も車から降りて、すたすた歩いていく社長を捕まえて
「ここって社長の家ですよね。私はこんな家賃の高いところに住めないし、住む手続きもしてないです。」
「いいや、ここはお前の家だ。今日から一緒に俺の家で一緒に住むんだ。家もないし、会社も同じだからちょうどいいだろう。」
「ちょっと待って下さい、そんな急なこと言われても困ります。私は自分で家を探すので、お構いなく。」
「お母さんのことが心配なら、一緒に住む許可はとってある。お前は俺と一緒に暮らすのが嫌なのか。」
「嫌じゃありませんけど、社長にご迷惑をおかけするのが心苦しくて。」
「嫌じゃないなら問題ないな。俺はお前と一緒に暮らしたいんだ。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます。もし窮屈な思いをするようでしたら、直ぐに言って下さい。」
「そんなにかしこまらないで欲しいな。やっぱり今日迎えに行って正解だった。家を見つけた後だったら、一緒に住むなんて言わなかっただろうからな。」
とニヤリと笑った社長は私の手を引いて家の中に入っていった。
玄関の扉が閉まると同時にふんわりと社長に抱き締められて、
「お前が仕事を辞めた時、家に行ったら引っ越した後でもう二度と会えないかと思って苦しかった。もう二度とあんな思いをしたくないから、ずっと一緒にいて欲しい。」
そう言うと私の手に可愛い猫のキーホルダーが付いた鍵を渡してくれた。
「この家の鍵だ。」
「ありがとうございます。ほんとは子供の頃から今日までずっと社長のことが好きでした。」
「俺の初恋はお前だ。」
子供の頃アメリカで社長と秘書ごっこで遊んでいたことが現実になって、幸せを噛み締めながら甘く蕩けそうな社長の唇を受け入れた。
これが私のファーストキス。
夢って叶うんだなと思いながら、けんちゃんと甘い夜を過ごした。
ーーENDーー
私のボスは幼馴染 KEI @kei8787
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