第15話 想定外の出来事

実家にきてからの毎日は、今までの生活が嘘のようにのんびりとしていて、時間の流れがゆっくりだ。


母親の付き添いのため病院と実家を往復する毎日。


あまりにのんびりする時間があるので、時々社長のことが頭をよぎる。


毎日一緒にいたせいか、気付けば社長のことを考えていた。


数ヶ月だけ休職させてもらって、また復帰するという選択をした方がよかったのかと何回も後悔した。


母親の病気は命に関わるものではなかったが、大病にかかってしまったというショックからか


「死ぬ前に葵の結婚式に出たいし、孫も抱きたい。いい人はおらんのかね。」


と毎日のように聞いてくる。


その度にそんな人はいないと言うと、知り合いにお願いしてお見合いするかねと言ってくる。


良い人がいないわけだし、未練たらしく社長のことを想い続けたところで年老いていくだけとは分かっているから、お見合いもいいかなと思い始めていた。


田舎でパートをしながら子供に囲まれてのんびり生きるのも悪くないかなと。


ただ、隣にいるのが社長じゃないことを納得しないといけない。


今日も母親のお見舞いのため、病院に行く。


着替えを持っているので大荷物を持っている上、熱くてふらふらする。


早く病院に入って涼みたいと思いながら、入り口に急いで向かっていると、見覚えのある背中が目に入ってくる。


暑さと疲れと毎日思い浮かべていたせいか、とうとう幻覚まで見え始めたのかと自分にうんざりしていたら、その背中がおもむろに振り返った。


その顔を見て驚いた。


毎日思い浮かべていたその本人が、怒った顔をしながら猛烈な早さでこちらに向かってくる。


追いかけれると逃げたくなるのが人間の本能なのか、その姿を見て私はくるりと社長に背を向け走っていた。


走れど走れど、社長は追ってくる。


大荷物を持って走っているので、あっという間に追いつかれ腕をつかまれる。


「おい、なんで逃げるんだ。」


と息を弾ませながら社長がにらんでくる。


「追いかけれらたら逃げたくなるのが人間の本能と言いますか。ところで、何故こんな田舎にいるんですか。」


「なんで家を引き払ったんだ。」


と突拍子のないことを聞いてくる。


「無職の身で住まない家に家賃を払う余裕がなかったので。」


「だからってなんで何も言わずに、すぐいなくなるんだ。」


「もう退職した身なので、社長への報告は必要ないかと思いまして。すみません。」


とりあえず謝った方が良いと感じて、謝罪しておく。


ただ、こんなところまで来てこんなこと言われたら、本当に勘違いしそうになる。


「はぁー。」


と社長は深いため息をつくと


クシャっと髪を掴むと、その場にしゃがみこんでしまった。


「あの社長。気分が悪いのですか。幸いにもここは病院なので、先生に診てもらいましょう。」


「あおちゃん・・・」


「えっ、社長急にどうしたんですか。」


「ここまで言って気付かないのか。俺だよ。けんちゃん。」


社長の発言に驚きすぎて声がでなかった。


確かに、けんちゃんかと思ってしまうことは沢山はあったけど、まさか本人だとは思いもしなかった。


「あおちゃん、遊びじゃなくて俺の本当の秘書になってくれないか。仕事も俺も支えて欲しい。お前のことが好きだから、戻ってきて欲しい。」


いきなりの社長の告白にこれまた、驚いて言葉が出なかった。


驚いている私に向かって社長が優しく微笑みながら、


「答えは?」と聞いてくる。


ずっと会いたかった人が私を好きと言ってくれるなんて夢のようだ。


ふわふわした気持ちで何も考えず口をついてでてきた言葉は


「社長の秘書にならせて下さい」


と返事をしていた。


社長の顔が一瞬で笑顔になり「あおい、ありがとう」というと私を抱き寄せた。

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