第11話 変わっていく日常

パーティーに出席した日を境に私と社長の関係は変わってきている。


私がこの会社に派遣されて5ヵ月が経ったが、毎日目まぐるしい変化で週末になるとぐったりしてしまう。


前のように社長が嫌がらせのような仕事を依頼することが無くなり、重要な会議や出張に行く際には必ず同行するように言われるようになっていた。


それが日帰りだろうと泊まりであろうと。


社長の婚約者という高梨さんからは、定期的に私に社長のスケジュール確認の連絡がきている。


勝手に答えると社長に死ぬほど怒られるので、高梨さんからも怒られることは承知で毎度社長に連絡を回している。


その後、どのような会話をしているのか分からないが食事には何度か行っているようだった。


女の私から見ても惚れ惚れする容姿で、私もあんな感じだったら社長の隣にいても遜色ないのかなと余計なことを思ってしまう。


社長と高梨さんが結婚してしまうのも時間の問題のような気がして、結婚したら私の扱いが前のように戻ってしまうかもしれないと思うと、ひどく寂しかった。


あとは、私と藤井専務の関係も少し変化している。


社長の前で藤井専務がやたらと絡んでくるようになってくるようになって、少々仕事がやり辛く、会議で来社する日は少し気が重かった。


毎朝の掃除と昼食のサンドイッチの差し入れは続いている。


変わった点は、毎朝掃除の御礼とサンドイッチの御礼と翌日のサンドイッチ代を貰うようになっているようになっていた。


この習慣が心地良かった。


最初、社長に抱いていた印象がだいぶ変わった。


ぶっきらぼうで不愛想で最低最悪な男かと思っていたけど、実際は優しくて思いやりのある人だと分かってきた。


そういう優しさに触れると、アメリカでの幼少期の記憶が蘇る。


けんちゃんでは無いと分かっていても、けんちゃんと重ねたくなる自分がいた。


珍しくこんなことを考えていると、ガチャっと社長室のドアが開く。


「澤田、ちょっといいか。この会社の過去決算状況の資料を集めてくれ。資料が集まったら、持ってきてくれ。」


「かしこまりました。直ぐお持ちしますので、少々お待ち下さい。」


そう社長に伝えると、資料室へ向かう。


資料を見つけて持ち帰り手早くまとめると、社長室のドアをノックする。


「失礼します。ご要望の資料をお持ちしました。」


「相変わらず仕事が早くて助かる。ありがとう。急な話になるが、この後出張になる。同行しろ。藤井とタッグを組んでる仕事の大詰めになる予定だ。」


「かしこまりました。午後からの予定は社内のみでしたので、関係部署に調整をかけておきます。」


出張の詳細を確認してから、社長室を後にした。


最近は社長から褒められたいが一心に仕事をしている。


実際に褒められると心臓がどきどきするのを感じる。


急な出張も頻繁にあるので、会社に最低限の出張用意を置いてあるので、今日みたいな日でも問題なく同行できる。


早速、午後からの予定について関係部署に調整をかけていると社長室のドアが開き社長が出て来る。


「先方への手土産を買ってくるついでに、出張の準備を取りに行ってくる。澤田は出張に必要なもので忘れたものがあるなら、ついでに買ってくるが?」


と聞かれるも、特になかったので


「特にありませんのでお気を付けて。」


と社長を送り出す。


見送って姿が見えなくなった途端、図ったように電話が鳴る。


「はい、秘書室の澤田です。」


「澤田さん、健太さんいる?」


聞きなれた高梨さんの声が耳に入る。


「高梨様、社長は外出中で不在となります。後程、ご連絡するようにお伝えしましょうか。」


「いいの、午後からそっちに行くから。あった時に要件を話すわ。携帯に出てくれれば話が早いのに、相変わらず忙しいの?」


「今日は午後から急な出張が入って、少しバタバタしております。なので、午後から社長は会社に不在となりますが、如何致しましょうか。」


「出張なの。それなら仕方がないわね。どこに行くの?泊りならホテルの名前教えて。」


普段は社長の許可なく詳細を伝えることはなかったが、社長が戻ってきたら時間的にも余裕がなく、バタバタしている時に高梨さんのことを言って機嫌が悪くなるもの嫌だったので


「A市のグランドホテルで打ち合わせとなります。終了予定時刻は19時となります。先方の都合で本日は会食が無いので、その後は特に予定がありません。」


「分かったわ。健太さんに忙しくても電話には出てと伝えて。」


とだけ言うと、相変わらず一方的に電話を切られる。


容姿があんなに綺麗だから、すこーしだけ性格も良くなれば良いのになと僻みに近い感情であることは分かっていたが、心の中で毒づく。


出発までの時間が迫っていたので、急いで残りの午後の予定を調整して、打ち合わせで使用する資料の準備をする。


それが終わる頃に社長が戻ってきた。


「澤田行くぞ。言った資料は準備できてるか。」


「全て揃っております。」


「分かった。資料は重いから、俺が持って行く。お前の机の上に置いとけ。昼を食べる時間が無いから、サンドイッチとコーヒーを買って駐車場で待ってろ。」


と言うと二人分のお金を手渡してくれる。


「承知しました。先に行っております。資料はこのファイルとUSBとなりますので、封筒に入れて机の上に置いておきます。」


と言って準備をすると、サンドイッチとコーヒーを買って駐車場で待つ。


社長が現れて


「すまんが、打ち合わせの前に藤井と最終の擦り合わせがあるんだが、その資料を最終確認したい。申し訳ないけど運転してくれるか。」


と言って私の返事も聞かずに、車の鍵を渡してくる。


最初から運転を頼むつもりなら、疑問形ではなく命令形で指示してくれれば良いのにと思いながら


「畏まりました。」


と言って鍵を受け取る。


最近は私が車の運転をして、車内で社長が資料を確認することが多かった。


社長は時間の有効活用ができると言ってとても喜んでいた。


今日も運転するだろうと思っていたので、昼食は簡単に食べられるスティック状のサンドイッチを選んでいた。


「それでは出発します。」


と言っ既に後部座席に座って資料に目を通していた社長に声をかける。


「あぁ。」


と言う返事を確認してから出発する。


目的地までは少し遠く1時間半程かかるので、時間に遅れないように時計を見ながら運転に集中する。


問題なく目的地の到着して、ホテルのロビーに着くと既に藤井専務は到着していた。


「澤田さん、こんにちは。今日も一段と綺麗だね。今日は泊まりだし会議後の会食もないから、折角の機会だから夜ご飯を御馳走するよ。」


と社長と仕事そっちのけで話しかけてくるので対応に困る。


「藤井、俺たちは今日重要な会議を控えているんだから、もう少し緊張感をもてよ。時間もないから、先に打ち合わせするぞ。」


と言って私が藤井専務に回答する前に、藤井専務と予約していた会議室の中に消えていった。


私はというと、お客様の到着を待ち、ホテルのチェックイン等を済ませてから会議室へ案内するという仕事が残っている。


お客様が到着するまでの時間を持ってきたパソコンで仕事をしていると、あっという間に約束の時間がきて、お客様が到着する。


挨拶を済ませ、やることを完了させると会議室へ案内する。


お客様が部屋に入って行くのを見届けて、残り終わるまでの2時間はロビーで雑誌を見ながら待機していた。


ぴったり2時間後に会議が終わり、全員笑顔で部屋から出てきたところを見ると、商談は上手くいったようだ。


社長から合図され、準備していた手土産を渡し、ホテルの部屋に向かうエレベーに乗るところまで見届けると、今日の任務は終了だ。


一刻も早くホテルの部屋に戻ってスーツを脱いでお風呂に入りたいと思っていたが、


「澤田さん、お疲れ。澤田さんのおかげで商談も上手くいったし、お祝いにここのレストランで食事しよう。」


とこれでもかと言わんばかりの爽やか笑顔で藤井専務が私に話しかけてくる。


「澤田は疲れているから、部屋に戻れ。食事はルームサービスをを頼めば良い。」


と社長が助け舟を出してくれたところで、さらにややこしい人の声が耳に入る。


「健太さん、何度も連絡してるのに何で電話にでないのよ。」


「あれっ、高梨さん。何でこんなところにいるんだい?」


と藤井専務が高梨さんに気付いて声をかける。


「澤田さんが教えてくれたのよ。私も予定があるのにわざわざ来たの。食事もまだだから、一緒に食事しましょ。」


と言いながら、社長の腕に絡みつきに行っている。


社長はというと、凄い形相で私を睨みつけてくる。


勝手に予定を伝えたことに怒っているようだ。


「俺と澤田さんも一緒に食事する予定だったから、この上のレストランで一緒に食事しよう。」


とこれまた余計なことを藤井専務が口走る。


「藤井、俺は疲れてるし、澤田も疲れてる。資料もまとめたいし、ここで解散だ。高梨さん、せっかく来てくれたのに、そういうことだから申し訳ない。」


と社長は高梨さんの腕をほどきながら、まだ私を睨みつけている。


「折角、高梨さんも来てくれたし、ルームサービスなんて味気ないし、レストランも予約しているから行くぞ。」


と半ば強引に藤井専務に連れられて、4人でレストランに向かう。


「予約していた藤井ですが、人数変更で4人でお願いしたいんだけど大丈夫?」


と受付で聞いている。


ここで断ってくれと心の中で強く念じるものの


「4名様ですね。畏まりました。こちらへどうぞ。」


とあっさり通されてしまう。


不機嫌な社長と高梨さん、藤井専務で食事をすると思うと、とんでもなく疲れが襲ってくる。


藤井専務と私が隣に座り、社長と机を挟んで向き合って座る。


この時点で非常に気まずい。


藤井専務が注文をまとめてくれて、早速乾杯する。


続々と料理が運ばれてきて、他愛もない話をするものの私だけ身分が違うので、話に入っていくこともできずひたすら3人の会話に耳を傾けていた。


社長はというと終始不機嫌で時々睨みつけてくる。


高梨さんと藤井専務は上機嫌で、あまり話に入れない私を気遣ってか時々話をふってくれる。


そんな紳士な藤井専務の行動に感動しながら、早く解放して欲しいと心の中で思っていた。


お酒もだいぶ進んできたところで、話の流れで高梨さんが小さい頃の写真を見せてきた。


今も昔も変わらぬ美貌でとっても可愛らしい。


「可愛いですね。今も昔も変わらずで羨ましいです。」


と本心を口にすると、藤井専務が


「俺の小さい頃も見せるから、全員小さい頃の写真見せてよ。1枚くらいスマホになるでしょ。」


と言いながら、藤井専務も幼少期の写真を出してくる。


「ほら、澤田さんも見せてよ。きっと可愛いんだろうな。」


と言われるも、確かにスマホに写真データはあったが見せたくなかったので断っていると、藤井専務も負けじとしつこく見せろと言ってくる。


このやりとりがめんどくさくなってきて、不細工と思われようと何だろうともういいやと思い、写真を見せることにした。


藤井専務に写真を見せると


「ほら、やっぱり可愛い。ほんと澤田さんって可愛いよね。高梨さんも見てみて。」


と相変わらずのリップサービスをしながら、高梨さんにスマホを渡している。


「確かに可愛いわね。健太さんも見て。」


と隣にいる社長と肩を寄せ合って、スマホを覗き込んでいる。


二人が肩を寄せ合っていることも気になったし、社長がどういう反応をするのかも気になったので様子を伺っていると、みるみる社長の表情が無表情になっていく。


感想を言うこともなく、固まっている。


不細工なのは分かっているが、あからさまな態度をとってくる社長に写真を見せたことが恥ずかしくなってきて、慌ててスマホを回収する。


「健太、澤田さんが可愛すぎで言葉もでないくらい驚いているのか。」


と酔っ払いの藤井専務が空気も読まず、これまた余計なことを言ってくる。


「もうだいぶ飲んだし、疲れもあるからここでお開きにしよう。」


不自然なまでに社長が唐突に終了を宣言する。


そして伝票と掴むと一人席を立って出口に向かって行ってしまった。


「相変わらず健太はマイペースだな。高梨さんは帰るの?」


「部屋を取ってないから、健太さんと同じ部屋に泊まらせてもらわないと。見失わないように捕まえなきゃ。」


と言うなり、高梨さんも急いで席を立ってしまう。


残された私と藤井専務。


「なんか高梨さんは必死な感じするけど、健太は高梨さんに興味なさそうだな。あの二人、今夜どうなるのかな。大の大人だから同じ部屋に泊まれば、興味なかった相手でもそういう関係になるよな。」


藤井専務の言葉に胸がきゅうっと締め付けられる。


ただの秘書の分際なのに、社長と高梨さんがそういう関係になってしまうのが嫌だ。


最近優しくされたり認められて、少し良い気になってしまっているようだ。


社長は私のものではないのに、高梨さんに取られるように感じてしまう。


「澤田さん、隣にBarがあるんだけど寄って行く?」


と藤井専務が声を掛けてくれるも心の中がざわついておりそれどころじゃなかったのと、4人で食事をした気疲れから、これ以上付き合うのも大変だと判断して


「藤井専務、すみません。少しお酒を飲み過ぎてしまったようで、次の機会にお願いできますか。」


と言って、藤井専務と別れた。


ホテルの部屋に入るとスーツのまま、ベットに倒れ込んだ。


今頃、社長と高梨さんがどうなっているか想像すると胸が締め付けられる。


今日のお昼に時間を戻して、高梨さんからの電話を受けた時に詳細を教えないようにしたいとさえ思った。


もう既に手遅れなことは分かっているし、一介の秘書である私がどうこう思うと社長には全く関係ないことだと思って、いつまでもうじうじしててもしょうがないと思い体を引きずってお風呂に向かう。


スーツを脱ぎ捨てて熱いお風呂に浸かると、流石に疲れていたのか体に温かいお湯がじんわりと染み込んでくるようだった。


このまま寝てしまいたいと思ったが流石にそれはまずいと思い、寝てしまう前にお風呂から出て、あっという間にベットで眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る