第8話 後悔

空になった席を見て、俺も週末だから来週に回しても大丈夫な仕事は来週に回すとして、最低限の残務をして帰宅しようと思い、仕事を仕分けし始める。


最低限の仕事を裁いていると、携帯が鳴る。


着信相手を見ると父親だ。


父親から連絡があるときは、大抵めんどくさいことを言われると分かっている。


めんどくさいことを言われるのが分かっているので、着信を無視した。


一度切れたが、またすぐにかかってくる。


2回目も無視してみる。


3回目も無視したら、こっちの方がめんどくさいことになると思い3回目の着信で電話に出た。


「なんですぐ出ないんだ。」


相変わらず自分の都合で話してくる父親にこれから、言われることはきっとめんどくさいことだろうと想像がつく。


「すみません、仕事中で気付くのが遅くなりました。何か用がありましたか。」


「取引先の社長就任パーティーがあるから参加しろ。今回はパートナー同伴だ。先日お見合いした

優さんとはどうなっているんだ。」


すっかり忘れていた名前を出された。


そうだった先日、父親の紹介でお見合いをした女のこと言っている。


あれから何回か連絡がきていたが、全て無視していた。


見た目は綺麗な女だったが、言動からして明らかに頭の悪い女だと思い、興味はなかった。


昔から女性の好みは一貫しており、見た目も大事だがやっぱり俺は知性のある女性の方が好感を持てた。


そんなこともあり、お見合いした女性とどうこうなる気は全くない。


「優さんですが、私のことを気に入らなかったようで、あれから連絡がない状態です。折角セッティングして頂いたのに申し訳ありません。」


と適当なことを言ってみる。


「お前、そんな嘘が通じると思っているのか。俺が紹介しているんだから、先方から連絡がきていることぐらい想定できないのか。そんな状況でよく社長が務まるな。優さんから、お前に連絡をしているが返事がないと聞いているぞ。」


適当にごまかしておきたかったが、そうもいかない状況なことは把握できた。


「すみません。連絡がきていることに気付いていませんでした。なんせ毎日凄い量の連絡が来るので、優先順位を付けて対応しているので、誤って見落としていたのかもしれないです。今一度、確認してこちらからお詫びします。」


「ただ、今回のパーティーに同伴してもらうにはまだ、距離が近くなっていないので優さんに気を遣わせてはいけないので、今回は秘書をパーティーに出席します。」


「優さんには改めて連絡をしますので安心して下さい。」


父親に入り込む隙を与えまいと一気にまくし立てた。


「そうか。ちゃんと連絡しておけよ。優さんは本当に良い子なんだから、お前とは絶対に上手くいくはずだ。とにかくパーティーにはきちんと出席するように。俺の秘書から宇佐美秘書室長に詳細を連絡させるから確認して対応しとけ。」


と一方的に告げると電話を切られた。


想像通り厄介なことを言われて、週末の疲れを一気に感じた。


先日見合いした優とかいう奴のことをすっかり忘れていて、連絡しないといけないことにも気が滅入ったが、澤田とパーティーに出席すると言ってしまった自分にも後悔している。


あんなダサい奴とパーティーに参加すると思うと、優とかいう奴と参加した方がマシかもしれないとさえ思ってきた。


とりあえず、親父の秘書のことだから既に宇佐美には詳細の連絡をしていると思い、宇佐美を呼んで詳細を聞くことにした。


「宇佐美、ちょっと来てくれないか。」と内線で宇佐美を呼び出す。


「私もちょうどお話がありましたので、直ぐそちらに伺います。」


と言って直ぐ宇佐美が姿を現し、入ってくるなり


「終業前に澤田さんと少し話したが、あの子は大したもんだ。あれだけお前にいじめられているにも関わらず辞める気はないし、社長に余計なことは言わなくて良いって言ってたよ。」


「今までになくよくできた子だから絶対にやめるようなことをしないでくれよ。」


辞める気はないという言葉を聞いて俺は心底ほっとしている自分に気付いていた。


「当たり前だろ、こんないい会社辞めてどうするんだ。ちょっとぐらい辛いことがあっても乗り越えるぐらいじゃないと困る。」


なんと返して良いものか思い浮かばなかったので、適当なことを言っておく。


「そんな態度でいたら、いつか愛想つかされて後悔しても遅いからな。肝に銘じて澤田さんに対応しろよ。」


「分かったから、うるさく言うな。辞めないように俺だって飴と鞭を使い分けてるよ。」


とさっきチョコレートを渡したことをぼんやり思い浮かべながら答える。


「それはさておき、会長の秘書から先程連絡がありパーティーへの出席について詳細情報が届いたぞ。」


「ついさっき親父から連絡があって、そのことを聞きたくて呼んだんだ。詳細を教えてくれないか。」


「取引先の社長就任パーティーで週明けの月曜日に開催されるようだ。会長が出席される予定だったが、急な用事ができて出席できなくて急遽お前に出席して欲しいとのことのようだ。」


「来週の月曜日とはまた急な話だな。」


「パートナーとの出席ということですが、誰と出席しますか。」


「親父はこの前お見合いした女と出席しろと言ってきたが、あの女と出席はするつもりはない。秘書と出席すると言ったから、秘書室から誰か選んでくれ。澤田はダサいから絶対にダメだ。」


黙って俺の話を聞いていた宇佐美が不吉な笑みを浮かべながら


「来週の月曜日に秘書室で動ける人間はいない。よって、澤田さんを連れていけ。準備は俺ががするから問題ない。安心しろ、俺の目に狂いはないはずだ。」


「澤田だけはダメだ。ほんとにあいつはダサいから、隣にいられると俺が恥ずかしい思いをする。」


「それではお見合い相手の予定を抑えましょうか。それよりも澤田さんの方が絶対に良い。俺に騙されたと思って、今回は澤田さんと出席しろ。」


と意味深い言葉と共に不敵な笑みを浮かべた宇佐美が俺をニヤニヤ見ている。


最初だけ一緒にいて後は追い返せばいいだけかと思い直し、


「分かった。お見合い相手と行くより、澤田と行った方が俺も気が楽だから、お前に任す。」


「承知致しました。全ては俺が段取りするから、予定時間になったらパーティー会場で待ち合わせということでいいな。これがスケジュールと会場の詳細だ。会場に着いたら、電話する。」


と言って資料を俺の机の上に置くなり


「俺はこの後約束があるから、ここ帰らせてもらう。月曜日は何も心配せず、自分の用意だけばっちりして来いよ。澤田さんの隣に並んでも恥ずかしくないようにな。」


と言って、さっさと部屋から出て行ってしまった。


何が澤田の隣に並んで恥ずかしくないようにだ、恥ずかしいのは俺だろと心の中で悪態をつきながら宇佐美の後ろ姿を見送る。


月曜日のことを思うと憂鬱だったが、これも社長業の1つと割り切らなきゃなと思いながら残りの仕事に手を付けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る