第3話 「呪い」の源泉
あの日、私たちが交わった昼過ぎから翌日の夕方まで、彼は寝返りも打たずに眠りつづけた。あおむけで、むねのうえにうでを組んでいた。死んでるのではないかと不安をおぼえるくらい静かな眠りだった。
彼は彼のすべてを私のなかに注ぎこんだようだった。洗っても洗っても白濁した彼がとめどなく湧きだしてきた。避妊すら忘れて行為に没頭した私たちはまるでなにかにとりつかれたようだった。
彼に「ホイミー」を唱えたがムダだった。横たわり眠る彼のからだでは、数えきれない細胞たちが血管というハイウェイを猛スピードで駆け巡っているさなかなのだ。「ホイミー」が眠る人間に効果はもたらさない理由はそれだ。
半ば冗談で彼に「ホイミー」を連続発現させたけど、ここまで強い効果が現れるとは夢にも思わなかった。治癒に特化するゲーム世界の「ホイミ」に引きずられたからだろう。
「ホイミー」による疲労回復はおまけみたいな効果で、本質は感覚を暴走させる特異性、異常性にある。魔法とか超能力とかみたいにキラキラした感じがまったくない。「呪い」ではないかと私は思った。
彼の寝顔を眺めながら、私は私の内に眠る「呪い」の源泉を探るべく考えた。恨み。憎しみ。怒り。私はそういう感情から遠ざかる生活を続けてきた。腹の立つことならあった。でも負の感情に引きずり回されて心乱れされる時間がもったいない。私はそう考える人間なのだ。
「呪い」は私の資質や性格など関係ない。「ホイミー」本来の性質なのだろうか。疲労回復はおそらく副次的なおまけ効果なのだ。感覚を暴走させるのが最大の目的であり狙いなのだ。
私は怖くなった。「ホイミー」のような強大な力をなぜ私が発現できるのか。「ホイミー」によって感覚が暴走するとその後どうなるのか。「ホイミー」を使う私にもリスクが伴うのか。謎ばかりだ。
感覚が肥大化して暴走したら人の理性を破壊することだってあるだろう。理性が壊れれば人は人ではなくなる。怪物とか魔物とか、そういう類だ。「ホイミー」とはそういう怪物や魔物をうみだす「呪い」なのではないか。
彼の心が崩れたらどうしよう。死んでしまったらどうしよう。眠り続ける彼を見つめ、私は不安の靄におおわれた。人ひとり容易く殺める力を秘めているかもしれないじぶんが怖かった。
私は「ホイミー」の力を封印したかった。なかったことにしたかった。「ホイミー」を発動させる感覚は体にしっかり刻み込まれている。だから忘れることはできない。使わなければいいのだ。かんたんなことだ。「ホイミー」の発現を心のなかで願わなければいいのだ。
そのときの私はそう思っていた。言わなければいい。願わなければいいのだと。しかしそのときの私はまだ知らなかった。「呪い」は私のあずかり知らないところで、私の内から滲みだしていたことを。
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