第26話
『3月開幕の舞台、「STAGES」の続報が公開されました!』
『当番組のリポーター、ユイちゃんがインタビューに成功したみたいですよ!その様子がこちら!』
画面が切り替わり、にこやかに笑う女性、ユイがマイクを片手にキャストたちの前に現れた。
「こちらには『STAGES』に出演する皆様が来てくださいましたよー!本日はよろしくお願いします!」
よろしくお願いします、と小春、佐伯、篠田が言った。
「今回の舞台はどのような内容ですか?」
「女優として生きてきた主人公、桜が人生の最後にその人生を振り返る上で大切なことに気づく物語です」
小春が答える。それにユイは大げさに頷いた。
「ほうほう。興味深そうなお話ですね。では、それぞれの役柄について教えてください」
「私が演じる少女期の桜は、演劇への熱い想いはあってもそれを形にできなくて燻っています。でも、諦めない心と熱量だけは人一倍ある子です」
小春が答えると、佐伯が続く。
「国塚はるひという女優は桜に大きな影響を与える人物なので...前に出ながらも桜を見守る人物ですね」
「静香とは正反対みたいな人です」
篠田が横から口を挟むとユイは驚きながらも笑顔を見せた。
「そ、そうなんですか!では、篠田さんが演じる守はどんな役柄ですか?」
「桜を芝居以外の面で見つける人ですね。これ以上はネタバレになるので、ぜひ劇場へお越しください」
篠田の営業スマイルにユイが興奮した。しかしすぐにトーンを戻し、インタビューを続けた。彼女もまたプロである。
「では次に。稽古中のエピソードなどありますか?」
「なんでしょう。何かありますかね」
「小春ちゃんが大変そうでしたね。主役やりつつ、大学の卒論に追われてて」
「確かに。よくやったよね」
「へー!杉野さん、そうだったんですか!」
「はい...大変でした」
「で、結果の方は...?」
「はい!なんとか大丈夫で。舞台が始まる前にある卒業式に出られます」
「そうですか!おめでとうございます!」
ありがとうございます、と小さく頭を下げる。
「そんな杉野さんはオーディションで選ばれたそうですが、どうでしたか?稽古とか」
「そうですね...自分一人じゃ絶対ここまで来れなかったと思います。皆さんがいてくれたおかげです」
「本当にね。俺たちに感謝しなよ?」
「そうねー」
「言われてますよ、杉野さん」
「...こういうところは見習いたくないですね」
ひと笑い起こると、次の質問が流れた。
「今回の舞台には橘八千代さんや黒木威仁監督もいらっしゃいますが、お二人とのエピソードはありますか?」
「そうですね。僕は八千代さんも黒木さんも以前共演したことがあるので、その時よりも成長した姿を見せなければと思いましたね」
「私も共演経験があるんですけど、その時は特に黒木さんに怒られたこともあったので、怒られないようにとだけ思ってました」
「なるほど...やっぱり黒木監督は厳しいですか?」
「無言の圧ですね。言葉では何も言わないんですけど、目力で圧迫してくる感じ」
「そうなんですか...杉野さんはどうでした?当然初共演だったでしょうけど」
「黒木さんはお二人と同じ意見です。厳しい方ですけど、的確に演出してくれて...八千代さんはずっと優しかったです。アドバイスもくれるし、相談にも乗ってくれて...人生の師、みたいな感じですね」
うんうんとユイが頷く。それは心のそこからの同意を表していた。
「そろそろお時間が来てしまったみたいです。最後に、テレビをご覧の皆様に一言!」
「舞台『STAGES』、劇場での稽古も始まり、間も無く公演開始です。ぜひ、劇場にお越しください。最高のものを届けます」
「今回の舞台、最高のキャスト、最高のスタッフ、最高の劇場でお届けします。桜だけでなく、私が演じる国塚や守も精一杯、その人生を生き抜きますので、よろしくお願いします!」
「...では最後、杉野さん、お願いします」
小春はカメラに向かって、堂々宣言した。
「人生という舞台に立つ全ての方々に届けます。ぜひ劇場へお越しください!」
インタビューが終了し、ユイとテレビカメラが去った。
小春は一気に肩の力を抜く。
「緊張しました...」
「カメラ?確かに、舞台ばっかりやってると少しだけ変な感じよね」
「いっても静香だって最近はテレビ出演多いだろ?」
「まあね。舞台っていうものを広めるためには、やっぱりメディアに露出していかないと。それが私にできる、舞台への恩返しだから」
「恩返し、ですか?」
佐伯はうん、と頷き言った。
「私は舞台に救われたの。夢をもらって、今じゃこうして立たせてもらって。何度お礼しても足りないくらいよ」
小春は心から同意する。小春自身も舞台から夢をもらって、ここまで歩いてこれた。辛い日々もあったけれど、それだって今に繋がっているのだと今ならば言える。
「蒼介さんは?なんかないんですか、そういうの」
「ほんっとに嫌な口を利くようになったね。出会った頃の純粋な小春はどこに行ったんだか」
「で、なんかないの?」
「君たちね...俺はメディアには最低限しか出ないよ。俺の居場所は舞台だから。舞台からもらったものは、舞台で返すしかない。そういう人間だって、必要だろ?」
言い方こそぶっきらぼうだが、言葉には溢れ出る熱量が隠しきれていなかった。
夢は循環していく。小春はいつか八千代にそう語った。いつか舞台からもらった夢を、今度は自分が立つことで観客に与える。そしてまたその夢をもらった人が舞台に立って、夢を生む。そうやって永遠に演劇が続いていって、終わることはないのだ。
今、こうして舞台の目の前に立って思う。この舞台へ返せることはないだろうか。幼き日も、燻っていた時代も、そして今も支えてくれる舞台へ、自分が返せることはなんだろう。
夢の循環を実現させる。それは今の小春にならできることで、やらなければならないことだ。自分と同じように、燻っている全ての人に夢を与える。
そして何より、自分を救ってくれた八千代に恩返しをしよう。できるだろうか、あれほど偉大な女優に、自分が何かできるだろうか。
きっととても難しいことだろう。けれど、不思議とやる気がどんどん溢れ出てくる。
インタビューを行ったスタジオから出ると、空色がこれでもかというほど広がっていた。
その空を鳥が目の前を通って切り開いていく。
鳥を追いかけると、そこには梅がその花を煌々と咲かせていた。
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