第五話【ティターニア・ゴルド】
「貴様は確か
仁王立ちしながら少女はリチャードに目を向け、そう言い放つ。
名前を憶えてもらっていたことがよほど嬉しかったのか、リチャードはだらしなく顔を崩し、揉み手で答えていた。
「ええ! そうです! フレア赤爵家が三男、リチャードにございます! まさか、ティターニア・ゴルド様に覚えて頂いたとは光栄です‼」
俺はこの少女、ティターニアのことを知らないが、ゴルドというのはルーナから教えてもらっていたので知っている。
ゴルド家はセントオルガ国に属する貴族の中でも最上位、
よく見れば、ティターニアの登場で散った野次馬たちは、遠巻きにティターニアのことを羨望の眼差しで見つめている。
ティターニアはリチャードに対して特に大きな興味が無いのか、それだけで話を切り上げ、今度は俺を見据えて声を発した。
「ふん。見え透いた世辞などいらぬ。それと、そっちの貴様は誰だ? 私の記憶にないということは、大した者ではないのだろうが、名乗ることを許す」
「ティターニア様! こんな青虫、ティターニア様のお耳を汚すだけですよ。そうだ! せっかくお近づきになれたのですから、今度この学園の指導方針について語り合いませんか。僕は常々、ティターニア様や僕のような高貴なものと、この青虫などが同じ場所で指導を受ける等おかしいと――」
「うるさい。黙れ。それ以上口を開くな。以上だ」
「……‼」
俺に向かって放たれた言葉をリチャードに遮られたのが気に食わなかったのか、にやけ顔で話していたリチャードに向かって、ティターニアは一喝した。
その言葉にリチャードはビクンと身体を跳ねさせたが、漏れ出そうになった驚きの言葉を必死に外に出ないように口をおかしなほどしっかりと結んでいた。
俺はつい、その様子を見て、声を出して笑ってしまう。
笑っている俺が珍しいのか、それとも気に入らなかったのか、ティターニアは目を細めてもう一度俺に声をかけた。
「おい。私の命令を聞かずに笑っているなど、いい度胸じゃないか。よほどの自信家か、それとも単なる馬鹿か。どうした? 名乗らないのか? おそらくこんな機会はもう二度とないぞ」
「フィリオ。フィリオ・ペイルだ」
特に名乗ることに問題があるとは思えないため、俺は素直に名と家名を口にした。
俺の名前を聞いたティターニアは自分の記憶から何かを引っ張り出そうとしているのか、少しの間目をつぶった。
その一瞬の間に俺はティターニアの魔力量を測り取る。
本来、魔力量を測るのは、相手の精神的な同意を必要とする。
しかし、魔法が使えない俺は物心ついた時から自分の魔力量が増えていないか確認し続け、そのおかげでどんな相手でも自由に魔力量を測れるほどに熟練している。
予想通り、ティターニアの魔力量は俺が今までに見てきた数々の人物の中でも最上級だった。
彼女の自信に満ちた言動は、元々の地位もさることながら、彼女自身の実力によるものなのだろう。
そんなことを考えていると、ティターニアは閉じていた目を開く。
「なるほど。一切記憶にないというのも珍しい。まぁいい。それで、さっきのはいったい何のつもりだ?」
「さっきとは?」
「とぼけるな。遠くにいた私の目にも映った爆発のことだ。さっきも言ったが、私的な魔法の使用は制限されている。そして、この私にはそれを取り締まる義務と権限がある」
そう言いながらティターニアは、肩についている腕章を見せてきた。
そこには学園の執行部を示す紋章が付いている。
ルーナに事前に聞いておいてよかった。
もし、聞いていなかったら、自慢げに腕章を見せてくるティターニアに向けて、それがなんなのかと間の抜けた質問をしなければいけないところだ。
「何のつもりもなにも、親愛なるリチャードが、俺の復帰を祝って祝砲をあげてくれたんだ。なぁ?」
俺はリチャードに向かってそういうが、先ほどのティターニアの命令がまだ聞いているのか、口をしっかり閉じたままのリチャードは、首を必死に横に振る。
顔が土気色だが、口を閉じるのに夢中で呼吸をすることが疎かになっているんじゃないだろうか。
まぁ、先ほどの爆発の犯人が自分だと言うわけにもいかないだろうから、強く否定しようするのもわからないでもないが。
ところが、リチャードの連れ合いの一人は、そこまで頭が良くなかったらしい。
喋れないリチャードへの助け船のつもりか、俺を指さしとんでもないことを言い出した。
「嘘だ! リチャード様はお前に向かっていつものように火の玉を撃っただけだ! リチャード様の魔法はあんな勢いで空高く上がることもないし、あんな威力の爆発を引き押すことだって無理だ!」
「ば、馬鹿‼」
連れの失言に、さすがのリチャードも黙っていられなかったようだ。
閉じてた口を大きく開け、慌てた様子で非難する。
それにしても、良くいえばリチャードのことをきちんと理解しているともとれるが、リチャードの実力は大したことはないと明言していることに気づいているんだろうか。
しかし彼の言う通り、リチャードは魔力量自体は俺もよりも多いが、魔法の使い方が稚拙で、せっかくの魔力をまったく活用できていない。
リチャードと連れのやり取りにティターニアは眉をひそめてしまった。
「おい。フィリオと言ったな。貴様に聞く。こいつの言っていることは真実か?」
「さぁ。俺にはなんのことだか、さっぱり」
肯定すれば、今回だけでなくこれまでに何度もリチャードが俺に向かって禁止されている攻撃魔法を唱えていたことが事実になるわけだが、正直俺自身は本当に記憶にないし、少なくても今後同じようなことがあっても自分で対処ができる。
わざわざ他人に制裁をしてもらう必要もないだろうし、もし必要なら俺自身でするのがフィリオに対する礼というものだろう。
それに、認めてしまえば、爆発させたのが別の人物であるということも認めることになってしまう。
真っ先に疑われるのはこの俺だ。
疑われるもなにも、真実俺がやったわけだが、それをわざわざ自ら明らかにする利益など何もない。
さらりと言い返した俺をじっと見つめて、ティターニアは笑顔を作った。
元々人の目をひく端正な顔立ちだが、偉そうにしている表情より、笑った方が格段に可愛く見える。
「貴様は本当にここの学園の生徒か? もしそうだとすれば、よほど今まで身を隠すのがうまかったか、それとも別人にでもなったか……」
「ははは……別人だなんて。おかしなことを言う」
「ふん。まぁいい。貴様の顔と名前は覚えた。貴様がただの道化か否か、今は置いておいてやろう。それと、先ほどの爆発は祝砲だと言ったな。本来なら、そんなものも許されるわけはないのだが、今回は見なかったことにしてやる」
そう言って、ティターニアは踵を返し、去っていった。
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