第六話【アムレット・シルバ】
俺はひとまず終わった騒動に、一息つく。
ようやく教室へと向かえると安堵した。
ところが何もお咎めなしという最良の結末を迎えたというのに、どうやらそうは思っていない人物がいたようだ。
ティターニアの姿が見えなくなったのを確認した後、リチャードが俺を指さし大声で喚きだしたのだ。
「貴様ぁ! 雑草に付く青虫が、ティターニア様と親しそうに喋りやがって! 身の程をわきまえろ‼ この青虫‼」
俺はリチャードの方を向き、大きくため息を吐く。
「なぁ。俺はさっき思い出したとは言ったが、本当はお前のことはこれっぽっちも覚えていないんだ。それにしてもいったいなんなんだ? さっきから人を青虫、青虫と」
「だからそんな話、誰が信じるというのだ! それに、ろくな魔法の一つも使えず、草花と戯れるしか能のないお前が青虫以外なんだというのだ!」
そういえば、ルーナも本来のフィリオは草花を好む人物だと言っていたな。
しかし、それだけで人を虫呼ばわりするとは……
「とにかく! どういうつもりでここに戻ってきたかわからんが、忘れたというのならすぐに思い出させてやる! 誰が偉いのかということをな‼」
「浮遊」
リチャードの相手をするのが疲れてきたので、俺は再びばれないように印を空中に刻み、今度はその印をリチャードの着ている服に付ける。
服の動きに合わせて途端にゆっくりとリチャードの身体が宙に浮き始めた。
「わ! わ⁉ なんだこれは⁉ おい! お前ら! 下ろせ‼」
「わぁ! リチャード様が! 爆発する‼」
「な⁉ そんな馬鹿なことがあってたまるか! 早くしろ‼」
「逃げろー! さっきみたいに空に跳ね上がってリチャード様が爆発するぞー‼」
浮かび上がったリチャードを見た連れの二人は、先ほどの火の玉が爆発したことを連想したのか、ありもしないことを叫びながら必死の形相で逃げていく。
一人残されたリチャードはというと、俺に操作され、近くに生えていた背の高い太い木の枝の上にいた。
不格好に枝にしがみ付きながら、リチャードは顔面蒼白で助けを求める。
「た、助けてくれー! 誰かー‼ ぼ、僕は、高いところが苦手なんだー‼」
木の下では、リチャードの従者らしき二人が、どうにかしようと慌てているが、なかなかうまくいかないようだ。
俺は迷惑をかけてしまった従者たちに申し訳なさを少しだけ感じながら、リチャードを置き去りにしてその木の横を通り過ぎる。
「ふぅ……初日の朝から面倒だったな。もう厄介ごとはないといいが」
ようやく教室へとたどり着いた俺は独り言を呟きながら中へと入る。
教師が講義を行う教壇に向かい合うように階段状に続く机と席にはすでに多くの少年少女たちが座り、談笑をしていた。
特に座る席に指定はないと聞いていた俺は、目についた開いてある席へと進み腰掛ける。
入口から席に着くまで俺に気づき目線を向けてくる者は何人もいたが、誰一人として声をかけてくる者はいなかった。
「どうやら、問題はさっきのリチャードだけでもなさそうだな……」
そう言いながら俺は講義の準備をし始めた。
記念すべき俺のこの魔法学園での初めての講義内容は、残念ながら俺の興味の持てる内容ではなさそうだったが。
すると、少し離れた位置に座っていた少女が、わざわざこちらに身を移動して声をかけてきた。
短めの銀髪と同じ銀色の大きな瞳を輝かせながら、少女はにこやかな笑顔で自己紹介をする。
「おはよう! 初めまして。私はアムレット・シルバ。今日からこの学園で学ぶことになったんだ! あなたがこの学園の記念すべき友達第一号だよ! 隣に座った縁だし、色々わからないこととかあると思うから、教えてね‼」
どうやら、アムレットと名乗った少女は編入生らしい。
編入制度というものがこの学園にあるのかどうか知らなかったが、彼女が今日からというのだからあるのだろう。
それにしても……と俺は目の前の活発そうな少女の目を見つめ返し、小さくため息を吐く。
よりによって、最も頼りにならない人物を選んでしまうなんて、アムレットはなんて運がないのだろうか。
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