第2話 島津
「なんと、日向国まで行かれると申されたか」
旅の目的を聞いて、小西隆佐は驚いて顎を上げ、まじまじと太郎の顔を見た。
太郎たちは高天原を訪れるために、八重の仕立ててくれた商船で駿府港を出港し、堺の小西邸に来ていた。
普段は京にいる隆佐だが、八重からの知らせでわざわざ堺まで来てくれたのだ。
西日本は羽柴の勢力圏内となる。ここから先に進むのであれば、友野家の商船よりも小西家の商船の方が調べも緩いだろうということで、再び隆佐に協力を申し出ることに成った。
「日向国には
大商人である隆佐に対して、十二才の太郎は物怖じすることもなく、大人顔負けの説明をする。さすがは神の目の息子よと、隆佐はつくづく感心した。
「またなんで高天原やらに行って見たいんどすか。学問のためどすか?」
日向国など、隆佐でさえも行ったことはない。
学問のためにそんな遠方の地まで足を伸ばすと成ると、えらく大げさなことだと隆佐は呆れた。
「いや、さすがに学問のためでしたら、わざわざ日向国まで参りません。隆佐殿は今の世の中の状況に疑問を感じませんか?」
「疑問言われたか。そうどすなぁ。信長殿によって落ち着くか思われたのに、最近はえろう殺伐としてきたなぁ」
隆佐は特に疑問までは持っていないようで、あくまでも世の中に感じていることぐらいの意図で、殺伐と表現した。
ところが太郎はその言葉に食いついてきた。
「そうなのです。実に殺伐としています。理由は二つ。明智光秀の謀反と徳川家康の勢力拡大、この二つが世の中を大きく乱していると思いませんか」
「光秀はんと家康はんどすか。考えたこともなかったなぁ。まあ言われてみたらとも思うけど、光秀はんの方は秀吉はんがあんばいよう収めたのちゃいますか」
隆佐は、秀吉が家康との関係も、落ち着くところに収めてくれると、期待している口ぶりだった。
「確かにそういう気配はありますが、このまま何もしないでいたら、羽柴家の中にも第二の明智光秀が現れるように思えてなりません」
「えー、なんでそう思うんどすか?」
そんなことになったらえらいことだと、隆佐は顔色を変えて理由を訊いた。
「私は世の中の流れが変わったのは、あの彗星が原因ではないかと考えています」
「彗星って、こないだ夜空に現れたおっきな奴どすか?」
「そうです。あの彗星が野望を秘めた者の心を狂わせ、野望を満たすための行動に走らせたのではないかと考えたのです。そして、あの彗星も誰かが呼び寄せたのではないかと思っています」
隆佐は、「ハアー」と叫んで、太郎の顔をまじまじと見た。
確かに聞きようによっては突拍子もない話だ。
「そないな彗星を呼び寄せるなんて、あんた、そんなんが人間にできるわけあらへんやろう」
「できそうな人間が一人だけいます。神にも近い存在の人が」
太郎がそう言うと、隆佐は最初ピンとこないようで、まさかという表情を見せたが、太郎が真剣な表情を一向に崩さないのを見て、何かに気づいた顔に変わった。
「もしかして、いやまさかあの方」
「そう、あれは呪いによって呼び寄せられたんです。そう考えれば全て辻褄が合います」
「待て、まだわしには分からん。帝がなんでそんなんをする必要があるんや」
「自連と自連を作った私の父が気に入らないからです」
「なんと……」
隆佐はまだ納得がいかない様子だった。
帝が自連と勝悟を嫌う理由が分からないからだ。
「理由を訊いてもええかね」
「はい。自連の国是は民のための国造りです。全ての民が夢を持って生きていくことを助けるを国の第一としています。従って血筋や家柄は、自連で生きていく上では必要ありません。それは帝やその周りの貴族にとっては心地よいものではないはずです」
隆佐の顔にやっと納得した表情が戻った。
「なるほど。ようやく理解できた。そやけどそら自連の中だけの話で、自連が侵掠を是にしいひんのなら、帝や貴族たちには関係あらへんやろ」
「もし、それで自連国内がうまくまとまり、経済的にも大きく豊かに成れば、他の地域でも自連の考え方を取り入れようとしませんか」
「そらあするやろう。そうか、そやさかい気に入らへんのか」
隆佐も困り顔に成った。
帝が自連を潰そうとするのも分かるからだ。
「それで高天原には何しに行くんか」
「帝の力を知るために、皇室の成り立ちから調べてみたいと思いました」
「そらたいそうやなぁ」
現在の帝、正親町帝は第百六代天皇だ。初代神武帝から二千年もの時が流れている。
神話で伝えられる
「まあ、行ってみないと分かりませんから」
太郎はにこりと笑って、この話を終わらせた。
「ふむ。そやけど、今九州はたいへんな騒乱に成ってますで。島津はんが九州平定を叫んで大進行中や。特に九州北部はどこもかしこも戦ばっかりや」
「博多はどうなってますか?」
「博多なんて焼け野原や。龍造寺がそのまま島津に渡すのが嫌で、焼き討ちして出て行き追った」
「そうなると、博多経由は難しいですね」
「行っても旅に必要なものはなんも調達できんで」
太郎は経路の変更を迫られたことに気づいた。
だが博多以外ではどこに上陸していいか分からない。
「島津に交渉して、直接高天原に向かうのは難しいのか」
健が横入りして聞いてきた。
「そうか隆佐殿、堺で島津と商いをしている商人はいますか?」
「いるとも。自連とも馴染みの深い男や」
「誰ですか?」
「納屋助左衛門、別名呂宋屋助左衛門。あの男なら琉球交易を通じて島津とも親交がある」
納屋助左衛門は勝悟が孫一を尋ねたとき、本願寺まで道案内をした男だ。
あの頃はまだ駆け出しの商人だったが、今は成功して堺でも押しも押されぬ大商人に成り上がっていた。
太郎は隆佐に助左衛門に会う段取りを頼んだ。
納屋助左衛門は、顔が大きくて顎が割れている、男臭くて押し出しの強い男だった。
太郎たち一行は、小西隆佐の紹介で助左衛門の屋敷に来ていた。
挨拶もそこそこに、太郎が島津への仲介をお願いすると、助左衛門はおもしろそうな表情で、太郎たちを見た。
「大人は一人だけで、後は子供か。ほんまに日向まで行くつもりか?」
「はい。我々ももう十二才ですから、そこまで侮られることはないと思います。それに子供の方が、島津の警戒心も緩むのではないですか」
太郎のしっかりした口調に助左衛門は目を細める。
「いやあ、言葉遣いといい言うてることといい、ホンマにしっかりしてるな。勝悟と初めて出会うたときは、まだ生まれてへんかったはずだが、やっぱし親子やな」
「そんな、父にはまったく及びません」
「謙遜の仕方も勝悟そっくりやなぁ」
助左衛門は懐かしいのか、勝悟の話をやめない。
「それで島津に私たちを仲介してもらう件はいかがでしょうか?」
「そらいける。琉球品を畿内でぎょうさん売りさばいて、島津にはずいぶん貢献してる。後はお主らのことどう紹介するかだが。わしの店の丁稚やちゅうこともできるで」
「ここは正直に自連の者だと言った方がいいでしょう。島津は自連に対して敵対関係ではないし、第一仲間の中にはそういう芝居が得意でない者がいますから」
そう言って、太郎は健をちらっと見た。
「確かにその方が信頼されるかもしれんな。お主たちは向こうで商いするわけちゃうし、調べ物をするんやもんな」
即答で素性を明かすと答えた太郎の利発さに、助左衛門は舌を巻く思いだった。
さすが勝悟の血を引く者だと言いかけて、言葉を飲んだ。
どうもそういう目で見られることを太郎は嫌っている節がある。
「そもそも島津とはどういう大名なのですか?」
太郎は予備知識として、島津について知りたいと思った。
「島津は戦が強い。兵一人一人が精強や。一対一で戦うたら畿内の兵は島津兵に勝たれへんやろう。ただ畿内に比べると人の数が絶対的に少ないさかい、兵の数も限られてくる」
「謀略はどうですか?」
「あまりせえへんな」
「家中の結束はどうですか?」
「強い。特に義久、義弘、歳久、家久の四兄弟は鉄の結束や。四兄弟の中では、やっぱ次男の義弘の武勇が凄い。鬼島津やらと呼ばれとって、家臣からの信望も厚い。せやけど近年は家久も強い武将に成長して、龍造寺を破った
助左衛門は四兄弟の話をするときは楽しそうだった。
きっと、気に入ってるのだと、太郎は思った。
「会えますかねぇ」
「どうやろうな。今筑前に向けて兵を出してるさかい会うのはややこしいかもな」
助左衛門は難しいと言ったが、太郎は会える気がした。
天下に覇を轟かそうと言う武将たちだ。
きっと引き合わせがあるはずだと、密かに思った。
「まずどこに向かえばいいですか?」
「まずは薩摩の内城に向かお。長兄の義久がそこにおるはずだ。義久に高千穂の調査の許しを貰えたら、再び船で日向に向かったらええ」
「分かりました。万事お願い申します」
段取りは揃った。
太郎たちの思いは既に堺を離れ、遠く九州にあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます