第13話 平和へのアプローチ
石田三成は、大坂の町を日の本一の町にするために、今や日本で一番優れていると思われる駿府にやって来た。
そこで、歴戦の勇者雑賀孫一が商人友野康三に変身したことを、驚きと共に知った。
さらに康三は三成を小学校の参観日に連れて行く。
そこで三成は、この国の強さの素を知ることになった。
最後に話す子は、細面で線が細そうな男の子だったが、目だけは強い光を放っていた。
その子が話し始めた途端、三成は雷に打たれたような戦慄が身体を貫いた。
「僕はまず父の仕事である花屋を継ごうと思って、父の仕事を観察しました。花は見た目が一番大事ですが、その花が与える印象を言葉にして、買う人に添えていくことによって、売り上げが倍増することに気づきました」
三成は、この子の話が他の子と一線を画していることに気づいた。
善継もそれには気づいたようで、三成と合わせた目には驚愕の色が浮かんでいた。
「これは言葉の持つ力です。売るべき花に適切な言葉をつけるだけで、人々はその花を買う価値を見いだすのです。僕はこれらの言葉を花言葉と名付けました。でも僕は気づきました。言葉の使い方を誤ると、多くの人が本来価値のない方向に簡単に目が向いてしまう。これは長い目で見ると、この国全体の損失になり、自分にも災いが降りかかることに気づいたのです」
なんて子だと三成は思った。早熟にもほどがある。人とは教育次第でここまで思考を高められるのかと、打ちのめされる思いだった。
「つまり、言葉の使い方は商売だけでなく、国の価値を決める大切なものだと思ったのです。だから僕は、言葉を持って全てのものの価値を、正確に分かりやすく伝える者になりたいと思いました。そういう職業は僕が知る限り今はないので、当面父の仕事を手伝いながら、言葉の技術を磨き、必要であればそれが正しい考え方であるか、大学校に赴いて確かめたいと思います」
凄い、凄すぎる子だ――。
おそらくあの織田信長に通じる天才の部類の人間か。三成は背筋が冷たくなる気がした。
この国は、今後、この子だけではなく、この教育のしくみを持ってして、他の多くの優秀な人材を見いだしていくのだろう。
これこそ、金では得られない国力だ。
こんなしくみを考え出す真野勝悟は、やはり世間の噂通り、神の目を持つのか。
三成の思考は限り無く深みに沈みそうになったが、そこから現実に引き戻したのは、この教室の担任教師の話だった。
「みんな素晴らしいな。いつの間にかしっかり夢を作っている。愼なんか新たな職業像まで描いていたよな。でも先生は一つだけ気になったことがあるぞ。それはみんな国のためという言葉が多すぎることだ。間違えてはいけない。民こそが国なんだ。もしこの地が敵に占領されても、みんなが生きてさえいれば、国は続く。だから国のためが高じて、自分の命が二の次になることはやめてくれよ」
この男は戦人だと三成は思った。最後の言葉を話すときは、清正や政則と同じ匂いがした。自分が生きていれば、例え国が滅びようといつでも再起の機会は巡ってくる。これこそ戦人の行動原理だ。
おそらくこの教育の根幹にある思想は、戦人の行動原理と妙なところで一致しているのだろう。
この男は第一線の戦人だったに違いない。
こういう男を小学校の教師に配置するこの国の人事に恐れを抱いた。
「どうだ、おもしろかっただろう」
これほどの子供たちを見ながら、康三は当然と言った顔つきでいささかも驚いていない。
これがこの国の標準なのかと、三成は改めて薄ら寒い思いを感じた。
「どうだ、せっかく駿府まで来たんだ。真野勝悟に会ってみるか?」
康三がとんでもないことを言い出した。まさか駿府に来たぐらいで、この国の代表に会えるとは夢にも思ってなかった。
だが、思いは言葉と成って飛び出した。
「会いたい。いや会わせてください」
誇り高い三成が、康三に頭を下げた。
「石田三成殿に大谷善継殿、お初にお目にかかります。自連代表の真野勝悟です」
勝悟は感激していた。
目の前にあの関ヶ原を戦った石田三成がいる。
しかも戦場ではなく、互いに言葉を交わす位置にいるのだ。
その興奮は、信玄に初目通りしたときに勝るとも劣らない。
一方、石田三成と大谷善継も自連の代表を前に、緊張して挨拶をした。
「ところで、真野殿がこれから目指そうとする国とは、どのような国ですか?」
三成が感じたのは、勝悟が目指す国は明らかに自分たちが目指す国と違う。
その姿を知りたいと思った。
勝悟は三成をじっと見つめた。
いつもは見せない厳しい顔であった。
「人間が争うことは良くないことです。私はこれまで戦の中で、多くの人々の命を奪ってきました。おそらく命を奪った人数で言えば、この戦国史上類を見ない数だと思います」
「では、争いのない平和な世の中を目指しているのですか?」
三成は意外に感じた。
それならば、最優先すべきは軍事であるべき。
だが、この国の力の入れどころは明らかに違う。
勝悟は沈黙した。
言うべき言葉を探しているようには見えない。
今ここで自分の胸の内を晒すかどうか、考えているようだ。
「羽柴の臣であるあなたに、言っていいかどうか迷います」
「何か国益に関わる重要なことですか?」
「違います。話しても自連の国益は何ら損なわれないでしょう。これはあなた自身が羽柴の臣である上で悩みに成ってしまう可能性があるからです」
「はて」
三成は何か宗教の勧誘にでもあっている気がした。
勝悟は続けた。
「織田信長が革新的な思想と軍団運用で、天下統一の道筋をつけ、今は分断されていますが、そのうちに信長の意思を継ぐ者が決まり、再び天下統一事業に向けて進み出すと思います」
それは確かにその通りだった。次の覇者は間違いなく日の本を統一する。だからこそ我が羽柴は、織田の後継者に成らんとしていると、三成は思った。
「その天下統一の先に平和があり、民の幸せがあると、あなた方は考えるはずだ」
「その通りです。真野殿はそうお考えに成らないのですか?」
三成は意外そうな顔に成った。勝悟の言いたいことがまったく理解できない。
「思いません。あなたたちが作る平和の先には、世襲制の権力者がいる。その権力者の下にはもう少し小さな権力を持つ者がいて、さらにその下へと続いていきます。彼らは既得権益として、決してその権力を手放そうとしない。世が変わるのは、外から敵が来たときや、大きな災害が出たときぐらいだ」
「それは……親が子を思うのは当然かと」
「親が子供の苦労を思って、努力させない方がよほど子の不幸ですよ。三成殿、あなた自身が一番そう思う人間なのではないですか?」
「私は今の戦国の世は、人が死ぬことを除いては、そんなに悪くないと思っています。だから天下統一とは別の方法で、平和な世にする方法を考えます」
「そんな方法が」
「ある!」
いつの間にか男が一人、部屋の襖を開けていた。
いつから聞いていたのか分からないが、その男は話の流れを掴んでいるようだった。
「今川氏真じゃ」
その男は前の駿河守護今川氏真と名乗った。
ここは今川屋敷、氏真が現れても何ら不思議はない。
氏真は噂で聞く父の仇も討てなかった腰抜け大名には見なかった。
顔は戦場で働く武者のように黒く焼け、服の上からでも分かる筋骨隆々とした体つき。
まさに無双の武者のような見た目だが、大きく異なる点が一つだけある。
清正や政則が発する戦人独特の殺気が、その身体からまったく伝わってこない。
むしろ、その風貌からは爽やかな風のようなものを感じた。
「これは氏真殿。ぜひわたくしにその方法をご教授いただけないでしょうか?」
三成の顔を見ながら、氏真は終始笑顔だ。
勝悟に話すことへの承諾を求め、頷きをもってやおら話し始めた。
「まず、個人が所有する家屋以外の土地を取り上げる。わしと旧今川の家臣たちは、政庁に家屋以外の全ての土地を返上した」
「土地を持たぬのですか?」
三成にとっては衝撃的な行為だった。それは善継も同じらしく、言葉もなく愕然としている。
「ただ、わしや家臣たちは、今まで土地の上がりで食っていた能なし者だからのう。生きていくために政庁から俸給をいただく。まあ、これは一代限りじゃ。わしが死ねばわしに対する俸給はなくなる」
「なんと、それでは家が成り立たぬではないですか」
三成がさらに驚きを持って、そのやり方に抗議する。
「なんの。土地を受け継いだ結果、わしのような能なしが大名になっては、領民たちが可哀想じゃないか」
三成は言葉がなかった。確かにその通りなのだ。だから戦国の世では、家臣が謀って大名の兄弟や子に首をすげ替えたりする。
「返上した土地は、移民してきた民の家屋として政庁が与えたり、耕作や商売のための土地として貸したりする」
「それではあまりにも土地を返上された者の子孫が可哀想ではないですか?」
「そんなことはない。ちゃんと学校を作って、生きる術を教えているのだから、後は本人の努力次第だ。この国では能力ある者に与える職はたくさんある」
驚いている三成たちに、康三が追い打ちをかける。
「今日も一緒に見たではないか。勝悟の子が勉強しているところを。ああやって生きていくのに必要な力を身につけさせた方が、よっぽど本人も意欲を持って生きられる」
なんとなく、三成には勝悟や氏真がやろうとしていることが分かってきた。
それにはなんと言っても、今日学校を見たことが大きい。
「しかし、それで国内がうまく治まっても、外から攻撃されたらどうするのか?」
「攻撃しても無駄と思わせるだけの軍事力を持つ。最初は一、二回戦があるかもしれないが、じきにかなわぬと分かり、攻めてこなくなる」
勝悟が自信満々に答えた。
なんという自信だろうと、三成は思った。
さすがは過去に十四万の大軍を四万で退けた男だ。
三成は吸収したものが大きすぎて、思考が止まった。
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