第12話 自連の底力
駿府港に着いた上方の商船から、二人の男が降りた。
男たちの名は石田三成と大谷善継。
羽柴政権の若き官僚にして、その政治視野と類い希な忠誠心で秀吉の信頼厚い男たちである。
清洲会議を経て、秀吉は織田家を継ぐ者としての地盤固めを終えた。
最後の詰めとして柴田勝家との決戦を残すのみだが、それとは別に三成たち奉行衆には、来年石山本願寺の跡地に築城予定の大阪城を中心にした、大坂の町作りを任されていた。
秀吉は信長の影響を強く受け、経済こそ力の源という思想が骨の髄まで染みこんでいる。
当然、大阪の町作りにあたっては、日本一の商業都市にする厳命が、秀吉から下っていた。
畿内で目標とすべき町は堺ということになるのだが、三成の考えは違った。堺と違い大きな人口を要し、大消費地としての一面を持つ駿府こそ、大阪の目指すべき目標だと考えた。
「なんて町なんだ」
善継は駿府に足を踏み入れるなり、驚嘆した。
三成は瞬時に目指すべき目標が遙か高見にあることを知り、思わず唾を飲み込んだ。
まず注目を引くのは、港から駿府城まで続く石畳だ。幅六間の直線の石畳がどこまでも延びていく。港で聞いたところでは、港から駿府城まで距離にして三里。これだけの石を切り出し、敷き詰める財力は想像もつかない。
「自由連合は道というものの重要性を、よく分かっていると見える」
三成には街道の整備こそ、産業発展の礎の思いがある。
それは亡き信長も同じであった。
しかし、道に石を敷き詰めることはしなかった。
「これなら、雨の日も港からの輸送は苦になりませぬな」
善継が子供のように感心する。
三成が善継と気が合う理由はこういう性格にある。
とにかく素直なのだ。
敵であろうと味方であろうと、いいものはいい、優れている点は素直に認める。
それが他から一歩抜き出る力の源なのだ。
「三成、あれを見ろ」
続けて善継が指さしたのは、重い積み荷も軽々と持ち上げる大型の起重機だった。
その起重機には、なんと鉄の歯車がいくつも噛まされていて、てこの力を利用して、重い荷も軽々持ち上げることができた。
港には、それが十基も備えてあった。
「うーむ」
こんなものを作り出す発想と技術をどこから学んだのか。堺の南蛮人は、こんな技術の話をしない。三成の頭は謎に包まれた。
町中に入って、二人の驚きは更に拍車がかかる。
まず、町中を走る主要道路は全て石が敷き詰めてある。これなら、雨の日も商業活動にまったく支障が出ない。
さらに驚くのが、道に建ち並ぶ建物だった。
日本建築らしい数寄屋造りの家が並ぶ中で、所々に石積みの洋風の家がある。その最たるものが町の北側に
そして、駿府城の東には、あの石山本願寺を彷彿とさせる一向宗の寺院が建てられていた。
しかし、三成の目を奪ったのは、寺院の隣の広大な敷地に建てられた、駿府大学校の校舎群だった。隣の小学校まで合わせると学園都市と言える規模だ。
噂には聞いていたが、ここまで自由連合が民の教育に力を入れているとは思わなかった。
町中には、政庁や寺院などの方向を示す標識が至る所に配置され、町の所々に世の情勢を示す高札が立っている。
町の美観と衛生を守るためか、誰でも使える公衆の厠も用意されていた。
「これは一朝一夕には及びませんな」
さすがの善継も町の造りの素晴らしさに白旗を上げた。
「町造りにかける金が違う」
これでは大坂をどんなに良くしようとしても、駿府には追いつけないと三成は思った。
おそらくこの町の為政者は私財に対する欲がないのだ。
秀吉が貯め込む資金を全てあてなければ、こんな町を作る金など捻出できない。
秀吉への忠義心がなければ、すぐにでもこの町の政治に参加したい思いにかられた。
「お主たち、秀吉のところの若い衆ではないか」
突然、見知らぬ男に声をかけられ、二人はびくっとしたが、声をかけた男の表情から、害意はなさそうなので安心した。
「はて、お手前はどなたでござるか?」
三成が丁寧に訊くと、男は胸を張って答えた。
「わしか、わしは駿府一の商人、友野
友野康三、三成は記憶をたぐってみたが、その名前に覚えはなかった。隣の善継も同様に首を捻っている。
「どこでお会いしましたか?」
三成はどうしても思い出せなくて、降参した。
「ほれ、秀吉が長浜城主に成ったときに、わしがお祝いに行ったではないか。覚えておらんか」
三成は記憶を遡って、祝いに来た客の顔を思い出していた。
「あっ、まさか、雑賀孫一!」
天下に名高い傭兵の大将が、なぜか商人と成って目の前にいた。
「そういう名で呼ばれたときもあったな。今は友野康三じゃ。覚えておけ」
驚きの再会の後、三成は町造りの参考にしたいから視察に来たと、正直に目的を話した。
すると康三は、この町を知りたかったらついてこいと、スタスタと前を歩き出した。
天下に名の轟く雑賀孫一が、まさか騙しはすまいと、二人とも半信半疑で後ろをついて行った。
孫一が向かったのは遠目にその威容に驚いた学校だった。
門番は孫一が何か札のようなものを見せると、何も咎めずに三人を中に入れてくれた。
「甘い警備ですな」
三成が簡単に中に入れたことを指摘すると、孫一は笑いながら懐から先ほど門番に見せた札を取り出した。
「今日は参観日と言って、学校に通う子供の親や親類は入れる日だ。この札は親戚であることを証明するもので、これさえ有れば今日は簡単に中に入れる。まあ、今日は学内には警備隊が入っておるから不審な行動をとれば捕まるぞ」
「参観日とは何をする日ですか」
「うむ、子供が勉強しているところを見る日じゃ。わしの嫁の妹が小学校に通っていて、しばらく日本を離れるから顔を見ておこうとここに来た」
「しばらく日本を離れるとは、どこに行かれるのですか?」
「なに、ちょっと明まで行ってこようと思う」
明と聞いて、二人は仰天した。
「自由連合は、明への侵攻を考えているのですか?」
「何を言っておる。わしはもう武士ではない。商いの話に決まっているだろう」
上機嫌で商人を主張する康三に、三成は嘘ではないと思いながらも、何が原因でここまで変わったのかと、知りたい思いが胸をついた。
康三は、そんな三成の思いなどまったくかまわずに、どんどん進む。
もやもやを抱えたまま、三成はその後を追った。
どの教室にも、たくさんの大人たちが後ろに陣取って、子供たちの学ぶ様子を熱心に見ている。その光景が三成には信じられない気がした。この戦国の世にこれだけの大人が集まって、子供の学ぶ姿を見に来ることが、あってはならないように感じたからだ。
一つの教室の前で康三は足を止めた。その教室にもたくさんの大人が集まっていた。
孫一が三成たちに小声で囁く。
「あの、前から三番目の左の机に座っているのが私の姪だ。どうだ、大きく成るのが楽しみに成るような可愛い子だろう」
三成はもう一々反応しないで、教室の様子に目を向けた。師であろうと思われる男は、子供たちに討議をさせていた。
前方の壁には、『進路』と大きな字で書かれた紙が貼ってあった。
「進路とは何の進路だ。国の行く末を論じているのか?」
三成は不思議に思って康三に問うと、何を言ってるんだという顔をして教えてくれた。
「子供たちの進路に決まっているだろう」
三成は再び困惑した。そんな個人の問題を、皆で話し合うことが信じられぬ。
「私は将来代表に成りたい。それは父の跡を継ぐとか、そういう感情ではなく、この自由連合という国は素晴らしい国だと思うから、その国で育った民に選ばれたいと、心の底から思う。だからそれに相応しい知識と見識を得るために大学校に進もうと考えている」
三成は自分の耳を疑った。とてもこの年頃の子供が話す内容ではない。神童と謳われた自分でさえ、この年でこれだけの語彙は持たなかったし、それを駆使して話すことはできなかった。
驚きながらも、その子が言った父の跡という言葉が引っかかった。またもや康三の方を向くと、笑いながら囁かれた。
「そうだ。あの子が自由連合代表真野勝悟の子供だ。向こうには真野勝悟と妻の光殿が来ている」
三成は我が目を疑った。
自連の代表と言えば、二カ国を統べる大名だ。その子が庶民の子に交じって教育を受けていることに驚き、それを代表夫妻が庶民の親に交じって観に来ていることに、更に驚いた。
思わず周囲を見回すが、護衛らしき者はいない。
忍かと、瞬間的に悟った。忍ならば親たちに化けて子の中に紛れ込んでいても、不思議ではない。
「俺も代表に成る。別に太郎と張り合うわけじゃなくて、皆に選ばれたいんだ。代表ってのは、三、四年で選挙で交代するんだろう。だったらいつかは選ばれてやる。俺は大学校には行かない。勉強は好きじゃないからな。何をして働くかは、まだ考え中だ」
この子も凄いと、三成は思った。難しい言葉は使っていないが、自分の意思を真っ直ぐに表現している。何よりも光秀はこういう型の人間に弱い。その真っ直ぐさに、つい尽くしたくなる。どことなく秀吉を連想させる雰囲気を持った子だった。
「俺は軍隊に入りたい。だけどもう戦が起こって欲しいなんて思ってない。反乱軍の話を聞いて、戦で何かを成そうとするのは駄目だと分かったからだ。でも強い軍隊があれば戦にならないしくみは教わった。まだどうしてそうなるのかよく分からないが、この国の役に立つのならそうしたいと思う」
確かに身体が大きくて兵に向いてそうな男だ。しかも、兵に成りたいという動機がいい。こんな思いで兵に成ってくれる軍は、強いに違いないと三成は思った。
「私は医者に成りたいです。この教室で国を成す者は民と教わりました。だったら民にとって最も大切な命を守る医者に成りたい。そのために大学校に進学します」
その子には短い言葉の中に、女と思えない強烈な意志を感じた。
この教室は男女の差別なく、夢を与えるのかと感心した。
なぜなら民の半分は女だ。女が国のために働くだけで、単純に労働力は二倍になる。
「私はお嫁さんに成りたいです。でもちゃんと好きになってもらうために、自分を高めなくてはと思っています。だからいったんお嫁さんになるは封印して、高札で正しい情報を民に伝える仕事につきたいです」
ほう、良い嫁に成るではなくて、国に必要な人間になり、自分の価値を高めるか。
本当にこの国は女子と言えど侮れない。
三成がそう考えていると、康三がむちゃくちゃだらしない笑顔で三成を見た。その顔を見て三成は思い出した。そうかあの子が妹と言ってたな。
歴戦の勇者も孫を見る爺さんのような顔だ。
そして次の男の子が語った言葉に、三成は戦慄が走った。
自由連合の人材育成の凄みを、まざまざと実感した。
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