第14話 寂寥感
三成と善継は今川屋敷に一泊して、翌朝屋敷を辞去した。
勝悟、氏真、康三と遅くまで語り合い、自連を形作る考え方が身体の中に染み通った気がした。
「えらいものを知ってしまったな」
言葉とは裏腹に、善継の顔は決して困りものを背負い込んだような風ではなかった。
「確かにな。だが知らない方が良かったとは思わん」
三成にいたっては、いつもの生真面目な顔にやや喜色の色が浮かんでいる。
「それはわしもそう思う。知って良かった。問題なのは、昨日知ったことをこれからどう活かすかということだ」
三成や善継はかなり柔軟な頭脳を持っている。
新しい知識について、偏見なくその価値を評価し、良いと思えば行動を起こす。変化に対して柔軟で、むしろ喜びさえ感じた。
だが、今回ばかりは良いと思っても実行に踏み切れない。
「問題は秀吉様だな」
「ああ。あの方は大きな欲の塊だ。だがその欲がとてつもなく大きいから、人は惹かれる」
「そうだな。死の危険さえ欲の前には霞む方だ。いやそれさえも、死を乗り越えてことを為す英雄に成りたい、という欲がそうさせるのか」
善継は歩きながら、小さなため息をつく。
三成はまだ真っ直ぐに前を見て、方法を模索しながら歩いていた。
「測りきれないものを測ってもしかたない。ただ秀吉様に所有されている領地を全て政権に預け、民にお与えくださいと言っても、聞き入れられないことは確かだ」
「我らの立場でそれを言えば、我らに自由に土地を切り盛りさせろと言ってるように聞こえるしな」
それも大きな障害だった。とどのつまり羽柴政権の一番の目的は、秀吉の富を大きくすることだと言って過言ではない。その副次的効果として、国が安定し民に平和が訪れる。
その政権の一翼を担う自分たちが秀吉の富の縮小を叫んでは、政権の目的が変わってしまう。
「この国が武力的に脅威となる種が分かれば、もう少し話しようはあるのだがな」
勝悟が言うには、一つは財力と人口だということだ。
自由連合の各都市には、今後どんどん人が集まってくる。既に駿府は二十万を超え、浜松も十万に迫る勢いだ。掛川、焼津、蒲原、藤枝なども急激に人が増えている。
経済力ももはや畿内の各都市を凌駕している。特に南蛮交易は堺や博多を遙かに上回る交易船が寄港する。
だが、それだけなら脅威ではない。質で勝てなくても規模で勝ることはできるからだ。
もう一つ勝悟は兵器技術の話をした。それは際限なく破壊力を増していくという話だった。兵器の進歩はやがて使用することによって、互いが滅ぶまでの威力になり、緊張感のある平和が訪れると言っていた。
だがそこまでに成るのは、まだずっと先の話だという。だから今は相手より有利な兵器を、早く開発する競争だと言いきった。そして科学技術は人に依存するから、この点でも自連が負ける道理はないと言い切った。
そこまでは、三成にも理解できる。技術開発に負けるなら盗むしかないと思った。幸い自連はそういう人の動きに制限がないから、間諜は入りやすい。
三成の心を読んだのか、勝悟は苦笑いした。三成殿はなかなかの負けず嫌いですなと、言われた。
その次に勝悟が発した言葉はたった一言、
「彗星」だった。
「彗星とはどういう意味か?」と、三成が聞くと、
再び勝悟は短い言葉で、
「彗星が現れてから起こったことを考えてみよ」と、言った。
「いろいろとおもしろいことが起きてるぞ」
と、氏真が付け加えた。
「彗星の話をする者は多いな。官兵衛殿も彗星のことは気にかけていた」
善継は三成の思考を読んで、羽柴軍の軍師の言葉を思い起こしていた。
「彗星が人の心の野心を掻き立てたことには、わたしも気づいている。反乱軍が持っていた野望も影響を受けて暴発した。だがそれだけだ。それによる武の強化などなかった。清正や政則を見ても、特に変わったところはない」
三成は勝悟の言葉の意味がつかめずに首を捻り続ける。
そのままモヤッとしたままで歩いていると、前方に二人の子供の姿を見つけた。
「おお、昨日学校で見た子供だ」
人当たりのいい善継が、子供に向かって声をかけた。
「おおーい。どこに向かっているんだ」
善継の声に気づいて、二人が振り向く。
「港だよ」
男の子が元気よく答えた。
「港? 子供だけでか」
港は他国の者が多いだけに、この国の中では治安がよくない場所だ。
中には人身売買などを手がける者もいる。
子供二人で行くのは攫ってくれと言ってるようなものだ。
「大丈夫だ。俺は強いから」
男の子は胸を張った。
「お主の名前は?」
「人に名前を聞くときはまず自分の名を名乗るのだろう。そう教わったぞ」
三成が後ろでクスッと笑った。
善継も苦笑いした。
この地の子供はしっかりしている。
「悪かったな。わしは大谷善継。羽柴家の家臣だ。後ろにいるのは石田三成。同じく羽柴家の者だ」
「俺の名は健。赤木健だ」
「おお、そうだった。健だったな」
健と聞いて三成は思い出した。
確か昨日太郎に続いて、代表に成りたいと答えた子だ。
言葉は稚拙だが引きつけられる雰囲気を持った子だった。
今日もどことなく秀吉に似た雰囲気を醸し出している。
「そっちの子は、確か康三殿の姪御で名は春瑠だったな」
善継は昨日さんざん康三にノロケを聞かされたから、印象に残っていた。
おとなしそうな雰囲気だが、確かに末は美人になりそうな顔立ちだ。
「康三殿は、二人で港に行くことを知っているのか?」
「うん、知ってる。康三おじさんに二人で行ってこいと頼まれたんだ」
康三が頼んだとなると、何か裏があると、三成は思った。
昨日の参観日も何か意図があったような気がして成らない。
健と春瑠は、再び元気よく港に向かって歩き出した。
三成と善継は、目立たぬように二人の後をついた歩いた。
港が近づいてくると、道幅が広くなり荷馬車の往来も激しくなる。
一台の大きな荷馬車が三成と善継を追い越すと、健と春瑠の前で止まり、二人の屈強な男が降りてきた。
二人の男は、健と春瑠の身体を掴み、馬車の中に引きずり込もうとした。
助けようとした善継を三成が止める。
「ギャー」
健の身体を掴んだ男が、大声で悲鳴をあげて、健を掴んだ腕を、もう片方の腕で掴みながら、路上でのたうち回っている。
健は凄素早い動きで春瑠を捕まえた男の側に寄り、その男の手首も掴んだ。
掴まれた手首から一瞬火柱が上がって、すぐに消えた。
その男も燃えた手首をもう片方の手で掴んだまま、両膝をついて火傷を負った痛みに耐えていた。
「健、馬車から矢が来る」
春瑠の声に健がその場から飛び退くと、馬車の幌を破って矢が飛んできて、石畳に突き刺さった。
商人の放った矢とは思えない、凄まじい威力だ。最近家が潰れた兵士が、商人に雇われて法に触れる商いをすると聞いたことがある。
その矢をよけた健も凄いが、春瑠の危険を告げる声がなければ危なかった。
「馬車の中には六人。みんな武気を持っている」
春瑠は目を瞑ったまま、健に敵の戦力を告げる。
「六人なら大丈夫」
健は自信があるようだが、身につけた武器は短い刀が一本だけだ。
敵が馬車から出てきた。春瑠の言葉通り六人いる。
それぞれが持つ刀や槍は戦場で使うもので、しかも三成でも分かるほど強力な武気を纏っていた。
どうやって戦うのかと、三成が案じると善継が刀を抜いた。
「助太刀しよう」
三成はともかく、善継はそれなりに戦の修羅場を巡っている。健が危ないと感じたのだろう。
「大丈夫」
健はそう叫ぶと、背中に背負った小刀を抜いた。刃渡り一尺五寸程度の小刀だ。
敵の男たちは健の装備を見て、完全に舐めきって薄ら笑いを浮かべた。
「怪我するぜ」
槍の男が健を突こうとしたとき、健が振り下ろした刀の穂先から、真っ赤な火の玉が飛び出した。
炎は男の髪と服に引火し、身体は炎に包まれた。
男は悲鳴を上げながら、石畳の上を転げ回る。
二人の男が転げる男を追って、消火を手伝った。
「他の者も焼かれたいか」
健の警告に男たちの顔に恐怖が表れた。
戦場経験者だけに、今死の淵に立たされたのは自分たちだと悟ったのだ。
「逃げろ」
首領らしい男の一声で、男たちは馬車の中に逃げ込んで、一目散に港に向けて走り出した。
「健も春瑠も、凄い能力だな。索敵に火炎か。生まれつきなのか?」
善継が感心したように訊く。
「生まれつきじゃないよ。彗星を見た夜からもらった力だ」
健が無邪気に答えると、三成が顔色を変えた。
「彗星だって」
三成の頭に、勝悟の言葉の謎を解くきっかけが浮かんだ。
「もしかして彗星の出た夜から、他の者にも同じような能力変化が表れたのか?」
「うん、太郎は何にもないのに氷を作ったり、碧は手を当てただけで傷を治せるようになった。大人にも変化は出たよ」
「何、大人にもか?」
「うん、梨音はかまいたちを起こせるらしいよ」
三成は愕然とした。
そんな能力を持った兵を要する国と戦って、勝てるとは思えない。
「三成、やはり自連への侵攻は慎重にした方がいいようだな」
「ああまだ、自連への侵攻は視野にはないが、いずれは決断のときが来る。そのときの軍の状態を見極めて、進言しよう」
三成と善継は、堺行きの船に乗り込んだ。
甲板に立って、駿府港を見下ろしていると、健と春瑠がこちらに向かって手を振っている。よく見ると隣には友野康三が立っていた。
康三の姿を見て三成は確信した――やはり子供たちは意図的に港に送られたのだ。子供たち二人が歩いて港に向かえば、必ず何かが起こる。その中で子供たちの武気を見れば、三成は全てを察すると。
「無言の警告であったか」
三成は独り言を口にした。
青々とした美しい海。
その海にも負けない美しさを備えた、活気に満ちた町、駿府。
その美しさに魅了されて、うっかり手を伸ばしたら、とんでもない鋭い刺がある。
その気づきを胸に秘めて、三成は秀吉の下に戻る。
元々三成は私欲のない政治家だった。
この駿府ならば、なんの制約もなくとことん理想の政治を追求できる。
それは三成にとって何にも増して得がたい魅力だった。
「おい、いい女でもいたのか?」
「えっ?」
「今、とんでもなく嬉しそうなだらしない顔をしていたぞ」
善継に指摘されて、三成は自分がこの国に亡命する夢を見ていたことに気づいた。
どんなに夢見たとて、自分は秀吉の恩を裏切るわけにはいかない。
小さくなっていく駿府の町を見ながら三成は、善継の言葉のように、好きな女と分かれる寂しそうな顔になっていた。
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