(二十三)狐の手袋
「誰がそのような下品な舞を広めろと申した?」
美桜の背後から厳しい声が耳をつんざく。
美桜は舞と称し、木刀を振り回す剣舞を教えていたのだ。それには、跳躍力も筋力も備わり多少は女が身を守れるようにと考えたのであった。また何よりも楽しみがない女中達に良かれと思った娯楽でもある。
皆楽しそうに舞い、時には打ち合い稽古まで行っていた。
「私の勝手で御座います。護身の術にもなります故良かれと……」
と美桜は振り返り静かに竜胆へ頭を下げる。
竜胆の後ろには紫葉の正室
「護身?
「母上、余の頼みなのです」
「…………紫葉」
「父上も居なくなり、不安が募る日々、桜花妃の舞は皆に活力を与えてはくれんかと思うた次第です。」
「おなごに刀を向ける者など居なくなれば良いですがね」
と
「お茶の用意が整いました。殿下」
竜胆に軽く頭を下げ紫葉、夕貴は美桜を連れ茶室へ向かった。
そこには既に
紫葉が声をかけたのであった。
「夕貴殿下、こんな風に会うのは初めてじゃの」
「お招き頂きありがとうございます」
「堅苦しいのは止めようではないか」
「はは、許されるなら酒場にでも飛び出したいですね」
「母上が、そなたらを目の敵にするのは何故じゃ?余が美桜を気に入っていたからか?それなら心配ない。夕貴殿が死なん限りは余が奪う事など出来ん」
「ちょっと、紫葉殿下お言葉が過ぎますよ」
と悪戯に蓮華妃が紫葉の膝に手を置く、その手に優しく手を重ねた紫葉を見て美桜はほっと胸をなでおろした。
「紫葉殿下がこの国を導いてください」
「ほ?夕貴殿に野心は無いのか?武家も躍起になっておるはずじゃ」
「だからこそ。紫葉殿下が皇帝となり私は、この国と殿下を守れるよう尽力したいのです。刀を振り回すしか知らぬ男、庶民暮らしも長かったのです。……ひとつお願いが」
「なんじゃ」
「私の話に耳を傾けて欲しいのです。これから先、宮中の膿を出し、民の声を殿下に届けたいのです」
「膿……恐らく余の周りは膿だらけか」
「ああ……きっと。ところで、紫葉殿下は何故このようなお考えを?何故私共にお近づきに」
「ん……余は独りで育ったようなものだ。沢山の人に囲まれて独りで。いつも蚊帳の外であったのが思わぬ功を奏すなら良いが。武家を嫌うことも知らず、他人事のように見てきた。そなたらを見たとき、無性に友が欲しくなったのじゃ……それだけだ」
紫葉は少し照れたように髪の白い紐飾りに手を絡ませる。
◇
竜胆皇后の部屋
竜胆の前には同じく険しい表情で松前妃が座る。
竜胆が人払いをし口を開いた。
「やはりあの者らが紫葉を操っておるな……」
「ええ。蓮華は阿呆の芸子みたいなもんですけど、あの桜花妃は……放って置いたら化けてしまいやしませんかねぇ」
「武術にも長けておると……したたかなあの顔がいけ好かぬ。」
「はい。ああ怖いですこと。早いとこ黙らせんと……」
◇
数日後
鈴ではない女中が、茶碗を持って美桜の部屋を訪れる。
「なんですか?これは」
「蓮華妃様が、子作りに良い漢方茶を、桜花妃様のためにご用意されました。」
「そう……ちょっとお願いが。肩を叩いてちょうだい」
「ああ、はい」
「蓮華妃がこれを?本当に?」
美桜は女中の心の声に耳を澄ます。
『どうしよう……毒なら。松前妃に持っていくよう言われただけ……私にはなんの事やら』
女中が去った後、美桜は
それから毎度、運んでくるものに口はつけることは無かった。
その後、美桜は蓮華妃の部屋を訪ねる。
「
「え?いいえ」
と首を傾げる蓮華の部屋に茶碗を見つける美桜。
「これ……飲んだの?」
「竜胆皇后様が私にと……」
「麗麗!」
「な なに?!」
「恐らくこれは毒かもしれない……」
「え?!でもどうもなってないわ……」
腑に落ちない美桜は、鈴を連れ宮中の薬師を訪ねた。
「こ これは桜花妃様」
「少し最近体調が優れないもので、子作りに良いとされる漢方茶はこちらで煎じていますか?」
「……はい。さようでございます」
「私の脈は早すぎやしませんか?」と着物の袖を上げ手首を差し出す美桜。
薬師は断れない様子で脈をとる。
『狐のてぶくろのせいか……ああ誰に言えば。密告などしたら打首だ……』
(……狐の手袋?なんのこと……?)
その夜、頼まれた鈴は夜な夜な書庫で狐の手袋について調べるのであった。
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