(二十四)毒騒ぎ
狐の手袋の意味を調べた
”毒草 嘔吐、意識障害、視界が黄色くなる、摂りつづけると死に至る。傷や打ち身に塗る薬草。
「……ありがとう 鈴ちゃん。夕貴殿下には言わない」
美桜は考え込みながらも、鈴の書いた紙を蝋燭の火で燃やす。
鈴は心配そうに部屋の戸を閉めた。
(誰がその毒草を忍ばせたかなど証拠がない……きっと薬師も女官も証言などするわけ無い……)
ある日の夜
「
配膳係の女官が運んで来たが鈴の姿がない。
「入って」
「はい」
女官が膳を置き、部屋を出てしばらく。
慌ただしい音を立て鈴が部屋に走り入ってきた。
「食べないでー!汁!汁!」
鈴が言葉を発したのに驚いた美桜は持っていた椀を落としてしまった。しかし、急に気持ちが悪くなった美桜は、口を抑えるも耐えられず立ち上がり、庭先に出て嘔吐したのだ。
「美桜……桜花妃様……すぐに医務官を」
そこへ通りがかった夕貴の母
「どうしたの 鈴 そんなに慌てて」
一礼しながら鈴は「あ……桜花妃様が毒入りの汁を、今医務官を」とだけ言い残し走り去る。
鈴は厨房で配膳係に渡す際女官が美桜の汁だけ違う器にすり替えたのを見たのである。
「なに?!」
着物の裾を捲し上げ、桔梗は急いで美桜の部屋へ入る。
縁側で青白い顔をした美桜を抱き叫んだ。
「早く 夕貴を!」
呼吸が荒くなった美桜が口を開く。
「あの……桔梗妃様……」
「ああ……まさか なんてこと……」
「あの 桔梗妃様……うっ」
とまた吐くのである。
医務官を連れた鈴が戻り、皆が見守る中、白湯を飲む美桜。そこへ夕貴もやって来る。
「美桜!!毒を口にしたとは……そなた!」
ぎゅっと美桜を抱きしめた夕貴は震えるように強く美桜を包み込む。
『美桜……嘘だと申せ……またそこらの草か実でも食べたと申せ……そなたを失うなど受け入れない』
『毒の汁とはなんだろうか……?』
美桜は夕貴と医務官の心の声が鳴り響き共鳴し吐き気と重なり頭が痛いのであった。それでも、身を起こし座り小さな声を絞り出す。
「あの……まだ、手を付けておりません……」
「ん?」
「なんと?手を付けておらんと?」
「.....はい」
頷く美桜を見て、皆顔を見合わせる。
改めて医務官が脈をとる。
「まさかっ」
「なに?」「どうした?はよう申せ」
脈をとり固まる医務官を固唾をのんで見守る夕貴に、医務官は微笑んだ。
「なにを笑うておる!」
「ああ失礼を。桜花妃様には御懐妊の兆候が見られます。」
「…………」
夕貴は不安と哀しみを喜びに変える間なく呆然とする。
「まことか。ならば医務官も、今ここに居合わせた者は懐妊のことは一切伏せるように」
と桔梗は静かに鋭い眼差しを皆に配る。
「鈴、美桜に誰かが毒をもったと何故申した」
「あ……」
「話せるか?大丈夫。ゆっくりで良い」と夕貴も口を開く。
「あ……はい……配膳係に渡す女官が……椀をすり替えたのを……み 見ました」
「その女官は、わかるか?」
「あ……はい 顔を見れば」
「武官長と文官長を、呼んで」と言い桔梗と鈴、女官、医務官は部屋をあとにする。
「美桜……」
そっと美桜の腹に手を当てた夕貴
「お前も、美桜も……守るからな……大丈夫、大丈夫」
『私に子が……ここに……美桜との愛が形に……命に……』
「夕貴殿下……心配かけました」
「何を申す。そなたは心配かけるのが務めだ。私の大事なひと、そなたが女だと知ったあの日から私が守ると決めた。もっと、甘えようとは出来ぬのか」
「……。胸がつかえて……きっとアラ汁の匂いで。自信を無くしました。あなたを頼ってしまいそうです」
「頼れ、気を抜け……せめて私といる時は……何度言えばわかる、そなたはただの女だ。独りで切り抜けようなど二度とさせない」
「失いたくないと思えば思うほど自分が弱くなってしまいそうで、大事な存在がまた増えました」と美桜は腹に手を添えた。
真剣な夕貴の澄んだ瞳に吸い込まれるように、美桜は見つめ返したその瞳から涙を流した。
宮中へ来て、いや道場へ来て初めて流した涙であった。母となると悟り涙もろくなったのか、または本当に気を許せる人を目の前にしたのか。美桜は、涙を拭いほっと息を漏らし微笑んだ。
夕貴に初めてみせた涙に恥ずかしそうにする美桜を抱きしめ「後は任せろ」と呟いた。
『後は任せろ』と心の声もこだまのように同じで、美桜はそれにまた微笑むのであった。
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