(二十一)仕切り直しの夜に舞う花

 翌日の晩、美桜みおう夕貴ゆうきに舞を披露しようと薄手の絹の着物を纏い細い帯を手に持ち、夕貴を待つ。


「夕貴殿下がお見えでございます」

「ん?なんだその恰好は……」

「あ 舞を、舞をご覧に入れようと……」恥ずかしそうにする美桜に夕貴は

「剣舞では無く女の舞か、よし。ここに座れば良いか?」と嬉しそうに腰を下ろす。

「はい」


 縁側の隅でりんが琴を奏でる。


 美桜は、即興の琴の音にゆっくりと体を曲げ、そして起こし帯を両手で掴み、軽やかに飛びながら回転する。

 足の音が聞こえないくらいに軽やかに舞う姿は美しく月夜に照らされる天女のようで夕貴は静かにひとつひとつの動きに見入っていた。


 琴の音色が静まると、美桜が夕貴の前へ立つ。

「美しかった……。」

 と夕貴は余韻に浸るようにじっと美桜を見つめる。

 それを見た鈴は、立ち上がり夕貴の羽織を受け取ると部屋から出るのだった。


「あ……今宵は……」

「なんだ、もう帰れと申すのか」と言われ美桜は笑って首を横に振る。


 夕貴はそっと美桜の髪に触れ、ゆっくりと顔を近づける。その端正な顔が近づくにつれ美桜は舞に使った帯をぎゅっと握りしめた。


 口づけをした夕貴は美桜を抱きしめる。

「二度目の接吻だな。こうするのも初めてか……」

『もう一度、何度でも口づけしたい……今宵は……ああ酒がいるかこれは……』


 何も言わない美桜の肩を掴み、夕貴が問う。

「どうした?二度目もそう驚いたか?」

「いえ……あの、夕貴殿下とこうしていると、その……この辺りが締め付けられて苦しくて、なんだかこう……」

 と衣の胸元を握る美桜に、夕貴が笑う。


「はははっ」

「え?」

「美桜、それは……恋だ」

「…………」

「恋ということにしてはくれぬか?」

「……はい」

 頬を赤らめた美桜を、夕貴は抱きかかえ寝間へと運ぶ。


 布団の上にぽんと落とし、夕貴は「ではゆっくりと眠れ」

「…………」

 きょとんとする美桜に一度は背を向けたものの、やはり美桜の前に座り夕貴は口づけをする。

 そのまま美桜を押し倒し、その細く柔らかな白い首筋にまとわりつく様に唇を運ぶが、美桜は容赦なく脳裏に響く夕貴の心の声に耳を塞ぎたいのであった。


『美桜……そなたが愛しい……このまま今宵は抱いてもよいか 抱いてもよいのか 私が。そうだ美桜は正室、なにを躊躇う……柔らかな肌、汚れを知らぬような……そなたは私のもの……』


「あの〜」

「どうした……?」

「夕貴殿下、頭の中を無にできますか?」

「無?」

「……はい」


 首を傾げながらもまた美桜に覆いかぶさった夕貴からはやはり心の声が響く……。


「夕貴殿下っ」

「なんだ?」

「お話しても?」

「ん?止めてほしいか?」

「いえ……お話しながら……そのまま」

「ああ、そなた静かなのが困るのか」

 と納得したように夕貴は微笑む。


「ん……美桜、団子と花林糖なら、団子が好きか?」

「あ……はい……」

「こ これから先 色んな事が……あぁ駄目だ」

「え?」

「団子や他の話をしながらは……」

「わ 分かりました。では気になさらず……」


 結局、熱い心の声が響く中、初夜の仕切り直しは無事終えたようだが、美桜は心身ともに力尽きたかのように布団の中に潜り込む。


「大丈夫か?美桜……」

「はい 何というか 幸せを感じました……」

「それは何より。私もそなたを一番近くに感じた。これでそなたは紛れもなく女だな。マノスケじゃない」

「あぁ ははは」


 寄り添い美桜の頭を撫でながら夕貴は凛とした目で静かに口を開く。

「美桜、かわいい我が妻、大事にする」

『どうしてこんなにかわいいのだろうか……二度と刀など握らせぬ、悲しく寂しい事はもう、そなたの人生にいらない』


「夕貴殿下……あなたに恋をしました。二度と刀は……あ」

 美桜は眠気からか心の声に返事をしたようであるが夕貴は気にしていなかった。


 恋をしましたと言われたのがただ嬉しかったのだ。

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