(二十)眠り妃

 笑い合う三人、夕貴ゆうきおうぎりんを見て固まる美桜みおうに気づいた夕貴が咳払いをした。


「皆、知っての通り私達二人は今日夫婦となった。よって今宵は初夜である。」

「ははあ。殿下」と扇が屏風の前に座る。


「何をしておる、扇」

「え?見張りです」

「いらぬ」

「えっ?宮中の掟では?」

「そ そうだが、美桜が私を殺めるとでも思うか?美桜!私を殺めたいか?」

「いえ……まさか」


「しかし、刺客がくるかもしれませんよ!」

「ほれっ扇、もう帰れ。刺客など私と美桜だぞ。一網打尽だ」


 残念そうに立ち上がった扇に続き、鈴はにこりと笑みをうかべて扇を連れて出た。


 しかし、美桜は正座したまま相変わらず表情が硬い。


 羽織を自分で衣紋掛けに通し、美桜の前へと座る夕貴。

 穏やかに目を細め、美桜の後ろで低く結ばれた髪に触れる。その時美桜がピクリと動くのを見て笑うのであった。


「美桜、そんなに私が怖いか?」

「いえ、怖いわけでは……あのほんとに……今から……」

「ん?そんなに嫌か」

 悪戯に見つめてくる夕貴を直視できずに美桜は布団に潜り込んだ。


「ははっ仕方がない。しばらく話をしよう」

 夕貴も同じように横になり肘を付き美桜の方に体を向けた。

「そなた、紫葉しよう殿下の側室になっていたらどうするつもりだった?」

「……それこそ逃げていたかもしれません」

「そうか。では私から逃げられぬよう見張っておこう」

「でも……紫葉殿下は悪とも思えません。何も知らない子供のようで、私と同じ……」

「そうか、ただの奇妙な男ではないか……。黄家は代々この国の皇帝だ。武家はこの国を守るために刀をとった家系だが。そなたにも私にも武家の血が流れ、私には黄家の血も……争わぬ道があれば良いな」

「夕貴殿下は、黄家を憎みはしませんか」

「私は、憎んでいないと言えば嘘になるが憎むなら滅ぼさずに変えたいものだな。美桜、小刀まで忍ばせたそなたも今はすっかりそんな気は無いようだな」

「……私は知らないくせに、危うくとんでもない事をする所でした。恩に着ます。夕貴殿下」

 しばらく無言で物思いにふけるように美桜は布団から顔を出し夕貴を眺めていた。


「あっ、桜花おうか妃かそなたの名は……しかし私は美桜とよんで良いか?慣れないのはしっくり来ぬ故…………美桜?」


 見れば美桜はす~す~寝息を立てて眠っていた。


 それを見てくすっと笑う夕貴。

「余程疲れたのだな。美桜……」と美桜の寝顔に話しかける。

 その薄紅色の唇に親指を軽く当てすーっと動かし

「かわいい顔して……」と呟いた。


 部屋からそっと出た夕貴は、鈴に「美桜は寝てしもうた。」と言う。鈴は手に口を当て、夕貴と笑い合うのだった。


 ◇

 翌朝


 戸を叩く音がし、鈴が部屋へとやって来た。

 起きてすぐの美桜は、はっとし部屋を見渡すも勿論夕貴は居ない。

「あーっ!!私 眠ってしまった……どうしよう。これは物凄く無礼な事を……あ、あるまじき事、だよね?鈴ちゃん……」

 鈴は眉をハの字にし、美桜の話に相槌のように首を傾げつつも頷いた。


「はあ……」


「失礼いたしますっ」と女官が上がりこみ

「後宮でお茶会が開かれます。お支度を、鈴」

「お茶会……」


 あっと言う間に数人がかりで身支度をされ美桜は後宮の茶室へと向かう。



 そこには紫葉の正室 松前まつまえ妃、側室の菖蒲あやめ妃、牡丹ぼたん妃、そして蓮華れんか妃が等間隔で座る。


 お辞儀をし、足を踏み入れ座る美桜。その所作は母の舞踊の指導と丸栄まるえいの指導で自然と身についていた。


 そこへ、もうひとり戸を開き入って来たのは桔梗ききょう妃である。

「さ、私がたてます故皆様お好きに話でもどうぞ」

 と桔梗は茶杓に抹茶をすくいぽんと茶碗に落とす。


 竜胆りんどう皇后は、欠席していた。

 美桜はただ昨夜の失態が知られては居ないか身を縮めていたが松前妃の舐めるように美桜を見据える目がさらに居心地を悪くする。


「武家の姫君が、武官になったり女官になったりとえらいお転婆なご様子でしたけど、やあっと落ち着きはりましたんか?」と松前妃が話しかけた。


「あ、はい。お騒がせいたしました。」

「同じ立場故、仲良うしましょ〜。ね?皆さん」

 蓮華妃があからさまに顔を歪めてこちらを向く。


 お茶会の後、「桜花妃様っ」と蓮華妃が小走りに近づく。周りを気にしつつ小さな声で、「松前様には気をつけて、竜胆様と仲良しだから。ね?」

 と言うだけいい、牡丹妃に呼ばれ急いで去っていく。


 そこへ桔梗が静かに佇み、美桜の前に立つ。

「桔梗妃様、あの……」

「今晩、夕貴に舞を見せてやってはどう?」

「あ、はい」

「ふふ。頑張ってね。夕貴は側室は取らないと言い張っているのですよ」

「え」

 それだけ言い桔梗もさっと居なくなったのであった。

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