(十五)竜胆皇后の先手
「美桜は、
「……はい」
母の部屋を訪ねたものの、美桜を探しているような素振りの夕貴はばつが悪そうに小さく返事を返した。
「ふふ 夕貴、大そう美桜を慈しんでいるのね」
「え」
「母には分かります。しかし美桜の素性が分かるまではいくら気心の知れた仲とはいえ直ぐに側室にともいかないわ。第一あなたにはまだ、正室が居ない。まずは
「側室ですか……。」
「何故そのような顔を。あなたの望みではないの?」
「いえ……そのような事はまだ……」
困ったように視線を逸らす夕貴を微笑ましく見る桔梗であった。
その頃美桜は、竜胆皇后の部屋で長々と正座していた。
威圧的で細く腫れぼったい瞼をさらに細め美桜を睨みつけている。
「では、夕貴殿下が道場の師であったが故ただのお付きとして宮廷入りしたと?特別、我が息子
「……はい。」
「では何故、女であることを隠しておった?」
「それは……なりゆきと申しますか、人攫いに男として売られて……あ 花街にも行きたくなく……」
(ああ もうそろそろぼろが出そう……。紫葉殿下を殺めようとした事は知られていない、もし知られていたら今頃私の首はない。この恐ろしい皇后に触れれば何を考えているか分かるかも。でも近づく理由などある訳が無い……)
ある意味素直で空気も読まない童心のまま大人になったような紫葉皇子の母とは思えない貫禄と威圧感。こちらをまじまじと探るように見据える鋭い目に美桜は身がどんどん縮んでいく様な気分であった。
「もうよい。下がりなさい。」
「はい 失礼致します」
やっと開放され、足がかなり痺れているも早くこの場から去りたい一心で妙な足の運びをするも何とか部屋を脱出した。
「あの娘を紫葉が気に入った……か。どこかで見たような顔つきだが、夕貴は?」
「夕貴殿下は美桜を女と知りながらもそばに置き、どうやら相当目に掛けていたと。」
女官の報告を聞いた竜胆皇后はにやりと不気味な笑みを浮かべた。
「側室に迎えよ」
「……しかし、素性がまだ不明でございます。」
「構わん。所詮どこぞの平民の子だろう。あちらより先に手を打て。こちらの意にそぐわなければ殺めれば良いだけのこと」
竜胆皇后こそ、美桜の母
竜胆皇后の部屋を出た美桜は、急ぐように桔梗妃の部屋の方へと走るが二人の部屋は真逆。一番離れている為長い単廊を通り抜ける。
「わあっ」と驚く美桜。
途中の部屋と部屋の途切れからぱっと夕貴が飛び出て来たのだ。
二人は途切れの角に隠れるように並ぶ。
「大丈夫か……マノスケ」
「あ はい」
「ああ マノスケでは無いな。美桜」
「はい」
美桜は、先程まで睨みつけられたあの腫れぼったく威圧的な眼差しとは天と地ほどに違う夕貴の自分をじっと見る穏やかな目に安堵と懐かしさを覚える。
「竜胆皇后は、おまえを尋問したか?」
「……いえ、少しだけ。紫葉殿下に恨みはないかと問われたので、ございませんと答えました。女であることを偽ったのはなりゆきだと……。」
「そうか」
自分のそばを離れてしまった美桜が心配で仕方がない夕貴だが、女官服とはいえ娘の装いの美桜を改めて目の前にすると そうか に続く言葉が出ないのであった。
そして、言葉の代わりか夕貴は美桜の頭にポンと手を置いた。
『私の元へ来いと言えば来るか……来ぬか。ああ この馬鹿娘が……』
心の声に聞き入っていた美桜は少々戸惑うのである。
(元へ……?私の元、女官……え)
「美桜!美桜!何処におるっ!」
と女官の声が響く。
夕貴は美桜に行けと顎を二度上げ合図をした。マノスケ!と気兼ねなく連れて歩いていた時のように話せず、もどかしさのようなものを噛みしめる。
呼びに来たのは
女官についてたどり着いた先は、女官十名ほどを前に舞を披露する蓮華。美桜の方を見て歩み寄って来た蓮華は小声で囁く。
「ここでは余計なことは言わない事よ マノスケ」
「麗麗 私、嘘を……ご」
「しーっ」
「皆、舞姫が来られたわよ。さ 美桜 この者たちに舞の稽古をつけて差し上げて。」
その声はすっかり後宮色に染まったか落ち着いたものであった。
「え 私がそんな恐れ多い」
「では一度見せてちょうだい」と女官に言われ美桜は渋々舞って見せるが、手を伸ばし回り足をぐっと開いた際に見事に着物が開いてしまった。
「ああ失礼いたしました」
それを見た女官はくすくすと笑っていた。美桜も笑い返し衣を引っ張って直していたところへ、後宮取締 砂羽が勢いよくやって来る。
仕事をさぼり油を売っていた女官たちも、蓮華もさっと散らばるようにその場を去る。
「美桜 付いてきなさい」
砂羽に連れて行かれた美桜。
砂羽の部屋で、数人の女官に囲まれ何色もの反物を合わされる。
前でじっと見ていた砂羽がぶつくさとひとり言のように色の名を呟く。
「薄紅、桃色だね 桃色……ああ けれど、紫を入れねば。薄紫……藤だな。」
「…………?」
その場に座り、改まり美桜を見据えて砂羽が口を開いた。
「竜胆皇后様が美桜の着物を仕立てろと」
「……それは」
表情が凍り付いた美桜を見て砂羽は表情一つ変えず静かに返した。
「さ、そうと決まれば何事も急がねば。よろしいですか。」
美桜は全てを理解し、背筋に汗が流れるのを感じる。しかし今この場では女官服の袖をぎゅうと握るのが精いっぱいであった。
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