(十四)後宮の下女中

 武官府の龍人りゅうじんに連れられ宮殿へと戻った美桜。

 武官府では無く、そのまま後宮へと進んだ。


「じゃっ頑張ってねっマノスケ」とつぶらな瞳で笑いかけその場を去った龍人。


 迎えたのは後宮取締 砂羽さわ夕貴ゆうきには腰の低い砂羽だが、今は血走るような厳しい表情で美桜を睨む。

 地肌が見える程にきつく結った白髪頭の額にも眉間にも深いしわを寄せている。


「女であるというのは……まことか」


(どこから……もう仕方がない。)

 逃げも隠れも出来ない状況と悟り美桜は大人しく返事をする。


「はい」

「名は?」

美桜みおうと申します」

「まずは本当に女か身体検査を。良いな?」

「……はい」

 美桜は後宮の護衛に刀を預け砂羽について歩き、一室の部屋で藍染服を脱いだ。

 女官と砂羽が見守るなか晒を取り、生まれたままの姿を見せたのだ。


「良くわかりました。ではそれを着なさい。」


 と砂羽が視線を送ったのは女官の桑染くわぞめ服であった。桑の実で染めた深い赤茶に紫がかったような色の小袖着物である。

 投獄されると覚悟していた美桜は驚く。


「あの、罪に問われるのでは無いのでしょうか」

「本来であればそうだ。だが、美桜、そなたの階級は武官見習い、正式に試験にも受かっていない。夕貴殿下の独断で側近となった為、夕貴殿下の管理下ではある。しかし、宮中の掟、女を武官には出来ぬ故。ひとまず桔梗ききょう妃様の命で女官の下、下女中とする。」


 女官の服に身を包み、夕貴の母である桔梗妃の部屋へと上がった美桜。

 穏やかな笑顔を向けた桔梗はおっとりとした声で話し出す。


「美桜。美しい名だこと。」

「騙すような真似を……申し訳ございません」

「そなた、夕貴の道場からの弟子だとか、夕貴を慕っておるのかしら。夕貴はそなたが女だとは……」


「母上!母上!」

「噂をすれば来たようね 入りなさい」


 急いだ様子で部屋へ上がる夕貴は美桜を見て驚く

「……女官」


「夕貴、知っていたの?」

「はい」

「知っていながら側においた。武官として?」

「はい 罪なら、私が受けます。母上、ですからこの者は」

「この者は逃がすか?女官として置くか?」

「それは……この者次第です」


 と美桜をみる夕貴の目は不安に満ちていた。

 それとは反対に桔梗は嬉しそうに美桜に目を向ける。


「どうしたい?美桜。帰る場所はあるの?」

「帰る場所ですか……。」

「今すぐ答えは出さなくて良い。しばらく手伝いをしながら後宮に居なさい。いいかしら?夕貴」


「……はい」

「それから、私と夕貴以外には何を聞かれてもなるべく黙って居なさい。」

「……はい」

「すこし夕貴と話があります」

「あ では失礼致します」

 美桜は申し訳なさそうにその場を去る。


「夕貴、あの美桜とは何者ですか。あの目元……私を救おうとした忍びね。だとすれば随分と武術に長けている」


「美桜は、母を亡くしたあと、刺客に育てられたそうです」

「……刺客 父は?」

「早くに亡くしたと」

「それは……さぞ辛かったことでしょう」


「美桜がここを去ることは許されますか?母上」

「……実は紫葉しよう殿下が美桜を気に入っているようよ。元はと言えば紫葉が美桜を側室にと騒ぎ立てたのが此度の発端。きっと、ここに置いても置かぬとも紫葉は手に入れようと騒ぐわね。今の所、竜胆りんどう后様が反対しているけれど」


「…………」


 夕貴は考え込んだ様子で桔梗妃の部屋を後にする。


 その頃瞬く間に美桜が女だと知れ渡り、後宮中で騒ぎとなる。武官府も騒ぐが後宮には自由に立ち入れない為押しかけては来ないようだ。


 蓮華れんか妃こと麗麗れいれいもその晩食事を取らなかったという。




 翌朝早くから美桜は、後宮取締 砂羽と女官にあれやこれや、茶の入れ方や配膳の仕方から着付けなどの行儀見習いを教え込まれていた。



 そして、女官が集まる大広間に突如現れたのは紫葉であった。


「紫葉殿下、こ このような場所に……し 紫葉殿下っ」


 と砂羽が驚いて声を裏返すもお構いなしの様子である。


「美桜!美桜はどこにおる!!!!余はあの者に話がある!!!」


(あ 紫葉殿下……まずい このお方には会いたくない……)


 美桜は、大広間に運ぶ予定の茶碗の山を盆に乗せたままゆっくりと後ろに向き直しそろりと足を運び歩く。


「マノスケ!!いや、美桜!」


「……あ 紫葉殿下」


 振り返り見た紫葉の顔は大層嬉しそうに目を輝かせている。

「ちょいとこちらへ来いっ」


 砂羽が大広間から飛び出し「あ、あの殿下、女官を殿下のお部屋へは……」


「堅苦しいことを申すな、ではあちらの縁側に茶を」

「かしこまりました」と砂羽が美桜に目で合図をする。従えと言っているようだ。


 洗濯物が風に揺らぐ前、縁側に座る紫葉。その前に立つ美桜。


「申し訳ございません。嘘をついておりました」


「嬉しい嘘はいくらでも許そう。そなたが女だとは……余は何故に気づかなかったか、さっ」


 隣へ座れと縁側の床板を叩くのであった。


 徐に隣へと腰掛けた美桜の手に手を重ねる紫葉。


「そなた、女官であるということは、余の側室になれる」

「……そ 側室?!」


『マノスケ いや美桜、そなたにこの目を奪われた日からずっと余は男色かと悩んだが そなたが女 女 女 誰がなんと言おうとそなたを側室にする ぜぇったいだ!』


 紫葉の心の叫ぶ声に動揺した美桜は手を退けた。

 じっとまだ目を逸らさずに見つめてくる紫葉に美桜は口を開く。


「あ あの 私は側室にはなりません」

「なに?そなたに拒むことは出来ぬ」

「それでも……なりません」


 美桜はさっと立ち上がり、袴とは違い歩幅を狭くせざるをえない女官服で歩き出すも、後ろから紫葉が抱きしめる。


「余は……そなたに恋をした」


『美桜……そなたが欲しいのだ 余のものにならぬと言うなら いっそのこと余を殺してくれ……』


「……側室になれというなら殺してください」

 と小さく美桜は呟いた。

 紫葉はその言葉に動揺したのかその腕をそっと落とした。



 その頃、高台寺を下りたあと、夕貴の叔父永安ながやすらは豊洲の姫 幼名さくらの行方を掴むため、都から都外れ、人攫いの者らまで虱潰しに回っていた。


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