(十三)偽りの露見

 高台寺こうだいじ


 経緯を話した刺客の女に僧侶の装いで丸めた頭を掻きながら丸栄まるえいが問う。

「で、お前の名は?」

「アキです」

「アキか」

「で、その夕貴殿下付きの武官が何故お前をここへ、どんな男だった?」

「美しい顔でした。手も女のように細く、目は鋭くも大きく、なんというか上品で背は小さい。それに……咄嗟にあの者は私の首に刀の背を当てました」


「刺客にむねをか」

「……はい」

「宮中の武官にそんなやつ……は そいつは、わしの名を、まると言ったと?」と急に大きな声で何やら思い出したように笑いだす丸栄。


「はい」

「はははっ。そんな奴は一人しかおらんな。おいっ武瑠たける!」

「はい」

美桜みおうだ。美桜は生きておる」

「…………」

 背後で静かに佇んでいた丸栄の部下、武瑠はその鋭く細い目を見開いた。


「あいつ……まさか、敵を?」

「さあ、皇子に従えているとは……何をやっておるのか。しばらくそっとするか」

「あのお、美桜とは……あの者は?」

「ああ 女だ」



 ◇



 数日後、高台寺に夕貴ゆうきの叔父永安ながやすと護衛の者がやって来る。


 僧侶らしく丸栄が出迎えた。


「これは、武家のお偉い方様」

大石永安おおいしながやすと申す。夕貴皇子の叔父にあたります。こちらに、豊洲とよすの姫君が七年程前から保護されていたと、間違いないですか」


「姫?ああ その者は今はおりませんが どうしてお探しで」

「夕貴皇子の正室にと宮中で決まりました。身寄りのない姫君でも、血筋は確かに豊洲家唯一の姫。」


「正室……?」

「今はどちらへ 幼名はさくらであったと聞いています」


「……春、瑠璃川に身投げしたのです。」

「なに……」

「その後、消息がこちらでも分からんもので、お役に立てず申し訳ない」



 永安らが去った後


「丸栄様 美桜は……」

「ああ。そうだ。美桜の父は早くに亡くなったが豊洲 嘉実とよす よしみ殿だ。」

「豊洲家の娘」

「だからこそ、美桜の母 夢月むつき様は最期まで嘉実殿の妻で通したのだろう。」

「では、美桜は」

「ああ、美桜も黄家おうけの正室になどなりたくないはずだ。しかし、あの永安殿は紛れも無く大石の武家のお方。何がどうなっとる。夕貴殿下の母は武家の姫君だったのか。美桜は既に夕貴殿下の傍におるではないか、なんという灯台下暗しだ。」


「美桜は、知っているのですか、姫であると」

「知らん 武家の娘ではあるが姫と呼ばれる程とは……わしも知らなかった」

「…………」


「山を下りるか」

「はい」


 武瑠は美桜の様子を見に、都へ向かうこととなる。


 その頃、宮中では、またひとつ騒ぎが起こっていた。



 ◇

 紫葉しようの部屋


「天が地となろうとも余はあの者を側室に迎える!」


「紫葉殿下、あの者は女であることを隠し、よりによって夕貴殿下の侍従武官ですよお。皇后様も松前妃様もお許しにはならないと……紫葉殿下あ〜」


 毎晩夜伽も避け、塞ぎ込んでいた紫葉は、自分が男色かと悩んでいた。見るに見かねた菊之輔が美桜が女であると告げ口をした為、紫葉は騒ぎ、側室にしたがったのだ。

 紫葉の母 竜胆りんどう皇后と正室の松前まつまえ妃は反対する。


 後宮でも美桜の正体を巡り大騒ぎとなっていた。


「余はあの者であれば夜伽をする自信があるのだ」

「ならば、蓮華れんか妃を。薬師から蛇の酒を賜りました。」

「なに?余が病だと?使い物にならぬのは余のせいだと?」


 紫葉は鏡台の前で頭をクシャクシャに掻き乱す、白い紐飾りが爪先に絡まり

「あ゛〜もーーっ」と叫ぶ。


 しかし、美桜はそんな騒ぎにまだ巻き込まれては居らずその日おうぎと買い出しに出ていた。


「懐かしいな。つい最近までよくりんちゃんの買い出しにお供していたのに」

「ああ そうだな!マノスケ毎回行ってたよな」

「で、何買うんだっけ」

「ほれ」


 扇が出した手紙には

『飴玉 饅頭 帛紗ふくさ


「なんだこれ わざわざ侍従武官に頼むもんか」

「さあ、帛紗って?」

「茶道のだろ?まずは茶道具屋へ行こう」

「うん」


 久しぶりに歩く都。橋を渡り小さな店が並ぶ。

 町娘が集まるのは巾着屋。

(巾着かあ いいな。あれに簪入れたり)

 しばらく歩き、蕎麦屋が並ぶ界隈で人だかりが見えた。


 そこには、砂だらけで蹴られる塊が二つ。


佐助さすけ!!!!金市かねいち!!!」


 振り返った大きな男は、龍人りゅうじんの弟 たつであった。

 武官府の先輩である。


「おう。ちょうど良かった。マノスケと一騎討ちするから呼べっつってもな、どの雑魚も呼ばないからよ」


「辰さん こんな所で暴れたら」


「マノスケよ!てめえ随分と爪を隠してやがったってか?とんでもなく強いから侍従武官になってよお、俺の仲間降格しやがって」


「降格したのは夕貴殿下だ」と小さく美桜がぼやく。

「なに?」

 と美桜の胸ぐらを掴んだ手を下ろすよう制止する扇。


「辰さん……やるんですか」

「ああ?お前は下がれ マノスケに用がある」

「じゃ、俺を倒してからにしてください。刀はなし!」


 拳を前に構える扇。しかし呆気なく一発目を食らう。

 諦めずに挑み、腹に数発入れるもびくともしない。

 力の差がありすぎるのだ。


(どうしよう。何故に味方で力比べするのだ。平和すぎる……しかし、扇……ああぁ コレはまずい。刀なしでは私も無理だ)


 数発をまともにくらい突っぷす扇。


 美桜の前に近づく辰。


「マノスケ、てめえの番だ」

「…………」

(くそ、このでかい男は……佐助より聞き分けが悪そうだな。急所を蹴り上げるしかないか……)


「まだだ まだ俺は終わって……ない マノスケさがれ……」

 女の美桜を殴り合いに巻き込むなど出来ないと、フラフラぼろぼろになった扇は意地を張る。


 立ち上がった扇は、再びひっくり返っただけであった。


「辰さん、ではせめて刀の打ち合いを」


 と美桜が言った目の前に刀先がすっと伸びてきた。

 刀の手元に目を向けると、そこには辰の兄 龍人りゅうじん

 辰とは正反対に小柄な男。つぶらで愛らしい目をしている。笑みを向けた龍人が

「だったら、俺を相手にしてみる?あ、辰。その者らを手当して」

「兄貴 手当?!」


 しかし、次の瞬間さらに刀がすっと伸びてくる。その刃先は龍人へと向けられていた。


「ん?誰?」


 龍人に刃を向けるのは、山から下りてきた高台寺の武瑠であった。


 美桜はその姿に唖然としたのも束の間。瞬時に刀が合わさる音が鳴り響いた。


 キーーーーン


 龍人と武瑠の一騎討ちとなってしまったのだ。


 美桜も勝てない武瑠の太刀捌きを見事に交わす龍人。

(武官に、ここまで達者な者がいたのか……)


 シャキーン

 龍人が武瑠の一撃を刀の背で受けた瞬間、龍人の刀は折れてしまった。


「わあ、お見事。女を守りに来た忍者さん?刀代ちょうだいね」

「…………」

 見渡すも女など、美桜以外に居ない。


 それに気づいた皆も、疑問の面を美桜へと向ける。


 美桜を連れて行こうと手を取った武瑠。

『美桜 こんな奴らの中にお前は置けない』

 しかし、龍人は美桜に腕を回し折れて短くなった刃を当てる。


「俺はお使いで来たんだよ。力比べしに来たんじゃない。宮中でマノスケを連れてこいとみな大騒ぎでね。大丈夫。女には優しくするから」


「…………」


「……武瑠」

『また迎えに来る 美桜 美桜』

 武瑠は表情一つ変えず、刀を収め掴んだ手を放し無言でサッとその場を立ち去った。しかし、心の声は美桜を呼び続けていた。


(女だとばれた……知らないのは扇だけ……?)


 扇だけはまだひっくり返ったままであった。

 しかしとっくに扇も知っているのである。

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