(四)桜吹雪の袴

 病み上がりだからと、お使いに行くよう夕貴ゆうきに言われ、美桜は今麗麗れいれいが舞を習う、木根きね師範の屋敷に向う。宮殿を左にして下り右へ曲がり、団子屋の門を左へ。


(団子食べたい……)


 敵を打つのはどうなったのか、団子で頭はいっぱいのようである。


「ごめんくださーい。マノスケが参りました」

「マノスケー!!」

 ドンッ

『愛しのマノスケ!叶わぬ恋悲しいかな』


「あ、痛い。顔に頭突きするな」


 麗麗は美桜より少し背が低い。勢い良く抱きつかれては何処かしら負傷する。男ならこんな美人に毎度抱きつかれたら天に昇る気持ちだろうか。面倒で美桜は心の声は聞いて聞かぬふりをする。


「木根師範は?」

「居るよ 来てっ」


 ここの皆は宮中の使用人とは違い華やかな着物に頭にはかんざしなんかも飾っている。

 その美しい装いを目の前で見ると少しやっぱり憧れてしまう美桜であった。


「麗麗!あんた足袋洗ってないよ!今日当番でしょう」

「あっはーい。ったくお姉さま達、自分ら当番の日はいつ来るんだよ」


 女の園は男の園より危なそうだ。

 麗麗に言われた部屋で待つ。

 座布団にのれんに、朱、緑、黃、桃色 庶民には使うことが許されない鮮やかな色がここにはある。


 スーと引き戸があき、木根師範が入ってきた。


「マノスケ、久しぶりだね」

「はい。お元気でしたか?木根師範」

「ああ 少し足が痛むけど、次の代までは指導するよ。ああ、そうそう あんたの袴が出来上がってね」



(木根師範はへの字の口のせいか、あまり笑っているのを見たことがない。きっとこの人に舞を習うのは大変だろうな。怖そう。低音の声で、違う!もう一回!とか言われるんだろうな)


 木根師範が取り出した新しい袴は水色に白の桜吹雪が描かれていた。なんとも皮肉な、たまたまとはいえ桜である。


「宮中から用意するよう言われたのだよ。マノスケ、随分と皇太子殿下に気に入られたもんだね。おなごであれば側室間違いなしか。さっ一度足を通してごらん」


(え、側室?私がブサイクと言われたのか。)


「こら、左足から。どんな作法も左からだ」


「はあ」


「御年は宮中武官の増員も、側室選びにも躍起になってるらしいから。そりゃあそうだわな。命は狙われるわ世継ぎは産まれんわ。」


 たしかに、皇太子が行事で御輿に乗り出歩くたび刺客の奇襲がある。側室は、あの状態。


「あ、麗麗は受けるんですよね?」

「あの子はなあ、気が強いからどうか。」

「美人だから、殿下は好みませんか」

「あんた、知らないのか。御年から大きく要項が変わったのだよ。容姿端麗、舞踊達者」

(へえ、やっと過ちに気づいたか……遅。)


「マノスケ時間はあるかな」

「はい」

「稽古をつけるから、ちょいと見ては行かぬか?ずっと気になっていたのだが、あんたの剣舞、どこで習った?」

「あ、母が舞踊が好きで。小さい頃から遊びの延長です」

「ほお そうか」


 稽古場へ入ると、みな黒の下履きの上に鮮やかで薄手の着物を崩して纏っている。

 皇太子の趣味で、舞といっても少々激しい動きの乱舞とも呼べる振り付けが好まれるとか。


 皆が舞うのを眺めると、無意識に首が動いてしまう美桜。右へ左へ皆が飛ぶと座ったまま首ががぐいと伸びる。

 それに気づいた木根師範が

「舞助ことマノスケ、一緒にどう?」


 藍染服のまま、美桜マノスケも並んだ。


「マノスケ、一番前へ」


 びわの音に合わせ皆の動きを感じつつ、さっき見た振り付けを舞う美桜。

 伸ばした指先のさらに果てを儚げに首を傾げ、見つめ、天を仰ぎ、ひらりと上体を返す、妖艶な女らしい振り付けだ。


「はいお月さま仰いで〜愛しいあのお方に〜届かない〜」

 と木根師範の掛け声も独特である。


 舞い終えると、皆ピタリと止まった。

 木根師範が珍しく笑顔を浮かべ美桜の前に立つ。


「マノスケ、あの振り付け、一回見ただけで舞ったのだな?」

「あ」

「はあ。しかも、完成度は……こらあんた達、見たか?マノスケの舞う姿。あの位会いたくても会えない人を想って舞え」


(会いたくても会えない……か。)


「では。失礼しますっ」

 なんだかむず痒くなりそそくさと稽古場を後にしたのであった。


 道場へ戻ると待っていたらしい宮中の女官が走り寄ってくる。


「マノスケ、マノスケ。紫葉しよう殿下がお待ちです」

「え、あはい。行きます」


 女官について急ぎ足で長い庭を拔け、門をくぐり、また門をくぐり、長い廊下をすり足で走り抜けたどり着いた頃には息切れするほどである。


「殿下 マノスケをお連れしました」

「通せ」


 金の鶴が描かれた扉が開かれ、中へ入る。

(また舞えと言われるのかな。もうぜえぜえ言って無理)


「遅いっ」

「あ、……もうしわけ……」

「武官試験残念であったな」

「あ、はい。私の不注意で情けない限りでございます」

「そなたが、武官試験に合格した暁には余の侍従武官じじゅうぶかんに任命する。いっそう精進するがよい」

「あ、ありがたき……お言葉。しかし私にそのようなお役目が務まりますでしょうか」

「なに?余の見る目がないと申すのか」

「いえ。とんでもございません。ただ自分にそのような大役は恐れ多いと」

「そなたは、大して強くなく、萎びた葉物野菜のように弱い。しかしなんというか、見ていて飽きぬ。」


(萎びた、葉物??この気色悪い男女め)


「そうじゃ、次の側室選び、これまでとは趣向を変えてみる故。そなた審査に加われ。是非とも余よりは劣るが美しいおなごを選んでみてほしい。どうも分からなくてな。毎夜あのようなおなごを見ていては、美とは何かを忘れてしもうた」

「……ああ はい」




 部屋の隅で立っていた侍従武官の菊之輔きくのすけが扉を開け共に出る。


「あんたみたいな男女をとこをんな、なんか役に立つのかしら〜。やあね あんた青臭いわあ はははは」


 男女 それは、あなたではないでしょうか。そんな話し方で皇太子に仕えるとは。この国の将来はどうなるのか、みな懸念しているだろう。 


「失礼ですが菊之輔殿は男を好まれますか?」

「失礼ね。女よ。」

「はい?」

「私はもはや女よ。お菊さんと呼んでも良いぞ」

「…………」

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