(三)試験当日
試験当日
昨晩こっそり庭から拝借したイヌホウズキの黒い実を沢山食べたのだ。本人は野草には詳しいつもりらしい。多少腹を下すか少し気分が悪くなるくらいに調整したつもりであった。
結果、今、滝のような嘔吐が止まらないのである。
(大丈夫かな……え、これ死ぬんじゃない……私。いや吐き出してるということは大丈夫?!く くるしい……)
「おいっうわあ!!おいっ何食ったんだよ……黒いぞ」
「あ、扇あぐゆきにせ○△×○ゔぇーーーー」
暗転したようだ。
『ん…… やはり軽いな』
そして、項垂れた美桜は
目を開けると美しい顔が覗き込む。
(少し切れ長で凛々しい目……鼻筋が通って上品な唇に曲がる事を知らぬ墨色の艷やかな髪 あ!夕貴殿……)
「マノスケ、今医官が来る。鈴がしばらく付きそう。私は皆の試験へ同行するが、辛くないか?」
後ろめたさからか美桜はただうんと首を縦に動かしたのだった。
(ああ。やり過ぎた。やり過ぎた……え、待て。今医官が来ると……?)
「じゃここは任せた。鈴」
と夕貴は美桜の額をパシッと叩いて立ち上がり去った。
『この間抜け野郎っ』
「失礼するよ」
(あ、来てしまった……)
「黒いものを吐いたと?」
「ああ、はい」
「うーん ちょっと失礼」
医官はお腹を指が埋まるくらい押す。
(あああ気持ち悪いって……う また 出そう)
さらに、胸のあたりを触り
『ん?硬いな……』
(晒だ……そりゃあ固い。毎朝ぐるぐる巻にしているからね。)
と、美桜の衣をぐいと開いてしまった。
「何ですかこの下履きは。腹巻きにしては上へ上がり過ぎでは……苦しくなる。ん?」
医務官は美桜の顔を改めて見て首あたりを確認する。
『もしや、首すじといい、いやまさか女ではないわな』
「何か体に合わぬ豆か実を食べたかな。念の為解毒の薬を煎じよう」
「あ、ありがとうございます」
(実を食べましたよ……そこに咲いてた黒いやつね。しかし医官は詳しくは聞いてこない。けれど……首すじ……まさか、ばれた?)
今度は鈴が、その晒を摘む。
(えっ。やめて、それ。鈴ちゃん)
「ん?取れって?苦しいから?ああ大丈夫。大丈夫。これが無いと落ち着かないんだ へへ」
◇
「かあさん かあさん……」
薬を飲ませてもらい暫く眠っていたようだ。
「おいっ大丈夫か。そんなに母さんに会いたいか?」
(うわっ。いつから扇が居たのか、母さん?私寝言を……。)
父を早くに亡くした美桜。
踊子の母は舞が得意でいつも熱心に稽古をつけた。
「美桜は舞姫みたいね」と。
しかし、そんな母に惚れ込んだ皇帝が側室にしようと追い回し、受け入れなかった母を皇帝の正室が送り込んだ者が殺めたのだ。
美桜だけは守ろうと母が勤めていた店屋の旦那が刺客の古い友人に預けたのだった。
「あ、寝言……ははは。あっ試験は?上手く行った?」
「余は扇だぞ。当たり前だ」
「その話し方……」
「あ、代わりに誰か受けたのか?」
「ああどさくさで、佐助がな。あれは落ちたなっ。うん確実だ。」
夕貴もやって来た。
(医官から何聞いたかな……やっぱり、怒られるかな……)
「どうだ。具合は」
「申し訳ありません!もう大丈夫です。今起きます!」
夕貴は起き上がろうと肘をついた美桜の背を支え起こす。また触られてしまったと美桜は夕貴の心の声に緊張する。
「あああ ありがとうございます」
「無理するな」
『無理は……するな。ほんとにおかしな奴だ。緊張すると腹を下す癖があるのか、長い腹巻きを巻いているとは』
夕貴は美桜が女であると知ったか知らないか病人には優しかった。
「……はい」
(腹巻き……ああ 医官は腹巻きをした腹下し男と診たんだ……助かった)
「ああ 紫葉殿下が気にしておられたが今日は感染る病なら厄介だからと言ってお断りした故、さ、もう一眠りするが良い」
『あんな気色の悪いやつの元へお前を出向かしたくなどない』
「あ ありがたき ご ご配慮ありがとうございます」
「なんだ。頭に虫でも湧いたか。休みなさい」
また横になった美桜のぼさぼさ頭を子供の髪を整えるように撫でてから夕貴は去る。
『さて、どうするかな』
(どうする?何を?紫葉殿下を気色悪いと……やはりこれは幻聴?いや、本音?
はあ。どんどん墓場に持っていかねばならない秘め事ばかりが増えていく。今度神社か寺に行けたら手を合わせよう……。)
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