(五)浪人の襲撃
暫くは平穏に過ぎ、黒い嘔吐物噴射事件も武官試験欠席も問い詰められる事無く日々を過ごした。
このまま男として生きていけるのだろうか、それは恐らく否である。
「マノスケ 今日は試験発表なんだぞ」
「あっそうか。」
「皆で見に行くから留守番頼んだぞ。」
「扇!夕貴殿も?」
「ああ、一緒に行く。だから鈴ちゃんとお前入れて留守番は四人か。晩飯も作っといてくれよ。宴だ宴!」
「宴?雑炊でいいな?鶏卵入りだ」
「はー!?天ぷらくらい食いてえ」
(贅沢な、私が天ぷらしたら火事になるぞ。戻ってきたら道場は火の海だ)
皆が出かけてしばらく経ち
肩をトントン叩く
『買い物いこう。一緒にっマノスケさん』
肩に触れた為言葉を発さない鈴の心の声は聞こえるのだ。
「えっ!買い物?行く行くー!」
「鈴ちゃん、ちょいと待ってて!」
押し入れに隠した漆塗りの宝入れから皇太子に剣舞の褒美として貰った小判を取り出す美桜。鈴に何か買ってやろうと考えたようだ。
母さんの形見の桜のかんざし。他はその辺りで鈴が拾った奇麗な石。
「おーいっ!答えないんなら連れて帰るぞ。なんか話せっ小娘!」
「上物じゃあねえが、小金にはなる。」
「はあ、もぬけの殻か、ほんとにここに居るのか?」
鈴を人質にした浪人のような男が二人押し入ったようである。
(鈴ちゃん……)
美桜は刀を探すも見つからない。真剣は置いていないのだ。
「お前はここにいろ」と
「いや 金市 共にいく」
二人は、ゆっくりとまだ打ち合い稽古にも使ったことがない剣舞用の刃引き刀を持って外へ出た。相手は二人、真剣をニ本ずつ大小帯刀している。
木の下で、腕を取られた鈴は顔面蒼白である。
(どうするよ……強盗?押し入り型人さらい?)
「なんだあんたらは」
と勢い良く金市が言った。
(大きく出たな……大丈夫かこれ)
「おい小僧ども
「…………?」
桔梗妃とは、皇帝の側室のひとりである。
(なんだ、どうみても質が悪い。見たことない顔だ。金市は固まってる……ちくしょう)
「いるか居ないかも分からずに来たのですか?聞いたことありません。残念。さっその子を離して」
美桜のその少々男にしては高い声に
「ははははっ」
「なんだこれまたひ弱なのばっかりだな。」と笑われる。
「この娘は連れて行く。ここの頭が戻ったら言え、日没に
今、鈴を渡せば何されるかわからない。
美桜が一歩踏み出す前に金市が走った。
一人は鈴を掴んでいる。もう一人が金市を迎え打とうと
(あああ 金市 危ないっ)
腹を蹴られてその場にひっくり返る金市に刀を振り上げた男。
美桜は走った。走って後ろの木をひと蹴りし飛ぶ。
ガシャンッ
その男の刀を打ち落とし金市の前に転げこむ。
(あ)
が、男はもう一刀を鞘から抜いたとともに美桜の肩辺りをかすめた。
「マノスケー!!!マノスケーッ」
かすめただけではない 手を当てた美桜の掌に血が少しついている。
「なんだ?どうした」と出遅れたあと一人が来るも遅いのだ。
美桜は立ち上がり刃引き刀を掴み飛び出した。
道行く人を掻き分けながら進むも、見当たらない。
道場を飛び出て走っていると、向こうから
「鈴ちゃん!」
丁寧に結い出掛けたはずの扇の頭は随分と乱れている。
「あいつら間抜けなことに俺たちとばったりしちまったんだな。武官の卵を狙って人さらいとは」
「扇、男達は?」
「あ のがした……すまん」
きっと鈴を救うのにいっぱいいっぱいだったのだろう。
「……夕貴殿は?」
「というよりどうした!!!マノスケっ見せろ、おまえ!!!」
「さっきのやつに浅いとは思うけど……」
「マノスケーっ!!!!」
(いや気づくの遅いのに今頃絶叫しないで頂きたい。)
「何事だ?」
「夕貴殿、俺行きますよ」
「通行札を持つのは私だけだ、扇みなを頼んだ」
夕貴の登場により、背負われ医官のいる宮殿の医務室へ向かう。
「夕貴殿、大丈夫です。歩けます、足は切られておりません」
「駄目だ 傷の深さがわからん急ぐに越したことはない。」
夕貴は息切れしながらも、美桜を背負い走る。
『くそ 誰にやられた。マノスケを傷つけるやつは許さん。いや今は早く 早く傷を診てもらわねば―――』
揺れながら夕貴の背中から見る景色はやけに高く見えたのだった。
「はあ はあ 先日道場に来られた医官を頼む、あ 名は」
「私ですね」
「あ、そうだ。」
座ったまま衣を少し下げ傷を診る医官。
ぎりぎりとはいえ晒がその白い姿を覗かせる。ちらりと夕貴を確認すると背を向けていた。
そのまま「どうか」と問うた。
「ああ大したものでは無いです。縫う必要はない」
(ああ良かった……また針でチクチクなんて絶叫間違いない。)
「マノスケ、一体何があった?」
美桜は浪人らしき装いの男二人が押し入り鈴ちゃんを人質にしたと告げ、
「隠し子を探しておりました、
と言うと夕貴は途端に顔を曇らせた。
「どんな身なりだ?顔は、年の頃は?」
「え、慌てていたのではっきりとは……」
すると医官が紙と筆を持って来た。
(絵心など全く無いのだが……。)
息を呑んで見守る夕貴に断りなど入れられず、筆を走らせる美桜。
「な、なんだこれは……豆と芋か……。」
と言われ、とりあえずは道場へ戻ることとなった。
「道場にもやはり真剣を数本置くべきか」
(真剣?!佐助に真剣で追い回されたら洒落にならん。)
美桜は、金市がいた為棒弱無人に戦えなかったようだ。あくまで間抜けな武官見習い。しかし鈴を自分が守れなかった事を恥じていた。
「あ、試験結果どうでした?」
「……扇だけだ。合格は」
「…………」
夕貴は残念そうに足元を見ながら歩いた。指導の甲斐なく五分の一とは。
「また、次あります」
「なに?吐いてひっくり返っていた者に言われとうないな」
「あ……はい」
「用心しろ。今日の浪人また来るやもしれん」
「はい」
道場が近づいた途端、足早に颯爽と風を切り先に戻っていく夕貴であった。
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