第7話 再会

「宮川さん! お帰りなさい!」

「キャー宮川さん! こっち向いて!」

「受賞おめでとうございます!」


空港に到着すると目眩がするほどの報道陣、警備員の数、カメラのフラッシュ、黄色い歓声が亮を出迎えた。笑顔でその声に答え、会釈する度に、また歓声と眩い光が視覚と聴覚を埋め尽くされる。空港スタッフに先導されるがまま着いていくと、白いワンボックスカーの前で先回りしていた徳島が待っていた。徳島と共に乗り込むとすぐに車は走り出した。その後ろから報道陣の車が追いかけてきているのを見て、亮は呟いた。


「はぁ……何か凄いことになってるんだな……」

「自覚していただけましたか?」

 冷えた視線と抑揚のない徳島の声を避けながら亮は「で、唯の方は……?」と尋ねると、彼女から殺気のようなものが生まれていた。

だが、亮はそういうものに耐性があるのか、平然としたまま視線を逸らすことはなかった。徳島は諦めを含んだため息を吐いていた。


「……ホテルのお部屋でお待ちだということです」

 その一言だけで、亮の顔がわかりやすくパァっと光が灯らせて「ありがとうございます」と深々と頭を下げていた。その単純さとわかりやすさに普段あまり笑顔を見せない徳島の顔に苦笑が漏れがすぐに口元を引き締めていた。

「いいですか? こういうことは今回限りにしてください。リスクは最小限に。それがこの業界の鉄則です」

 銀縁メガネをギラリと光らせて、鋭く睨んでくる。


 ハッキリと言い切る徳島に、反射的に亮が口を開きかける。が、奥歯を噛んで何とかそれを押し込めた。

 それでも、嫌々ながらも徳島は唯のために動いてくれたのだ。我儘を押し切った手前、今は言い争うことは慎むべきだと亮は言い聞かせる。亮は気を紛らわせるために、座席の背もたれに身を沈め窓の外を眺めた。


 青空は澄んでいてやけに奇麗に見える。陽光もどこか柔らかい。

 唯が、送り出してくれた日は季節は違えど、こんな風に雲一つない晴れた日だったことをふと思い出す。あの時は、こんな風に成功して帰ってくることが目標で、唯の前で胸を張って帰ることだけを考えていた。他のことなんて二の次で、ただ妥協せず次々と現れる壁を乗り越えることにがむしゃらだった。努力しさえすれば自然と唯と共に未来は拓けていくのだとひたすらに信じて疑うことはなかった。

 だが現実は、そんな単純で簡単なものじゃないのかもしれない。自分たちは今までと何も変わらないと思っていても、環境はどんどん変わって、思い描いていたような未来はそう簡単には掴ませてくれない。 

 唯がリスクだと言われてしまうような今が訪れるなんて、亮は少しも想像していなかった。


 車は停車するとまた息苦しくなるほどの出迎えが待ち構えていたが、亮はにこやかに対応した。もう少しで唯に会えるのなら、こんなこと大したことない。

 周りがどんなに変わろうが、俺たちが長い年月をかけて築いてきた絆は決して崩れることはない。亮はそう信じて疑うことはなかった。


「いいですか? 十八時からまた会食や記者会見や取材が入っています。それまでの間だけですよ」

「わかってるよ」

「あと、宮川さん。これまでは、雑誌等のメディア媒体が主でしたが、今後テレビ出演等も控えています。くれぐれも余計なことを口走らないように。何でもかんでも正直に答える必要はないんですからね……って、聞いてます?」


「聞いてるよ」といいながらも目線ほどにある亮の口元は、どう見ても緩んでいて浮かれていた。

 今この男に何を言っても全部右から左へと流れてしまうだろう。まったく……。ホテルの廊下を抜けエレベータで最上階へ向かう箱の中で、徳島は全身中の酸素をすべて吐き出したのではないかというほどの長く深いため息を吐いた。

 亮の態度は、決して悪くはない。天狗になることもなく、誰とでも気さくに会話を交わし、周囲に気遣い明るくする力がある。仕事も真摯に向き合うし、最高点だ。真っすぐで小賢しい真似は決してしない。それが、彼の最大の魅力なのだろう。その穢れない光を放っているからこそ、多くの人を惹きつけている。最大の魅力だ。

 だが、一方で思う。彼のその正直さ、誠実さはこの世界においてやっていけるのか不安ではある。だけど、その光を失わせることは決してさせてはならない。私が守ってやらなければ。徳島は静かな闘志を燃やしていた。


到着音がして、ドアが開く。その正面に唯の待つ部屋のドアが見えた。亮は急くように足を動かしていたが徳島は、エレベーターから一歩も出ることなく亮の背中に「二時間だけですからね?」釘を刺す。

「あぁ。ありがとう」

 顔は向けず、弾んだ声が飛んできたのを確認して徳島はまたロビーへと戻っていった。


 大げさではないかというほどの重厚なドアを躊躇うことなく開けた瞬間、いきなり胸に飛び込んできて亮は目を見開きながら受け止めていた。一番この腕に感じたかった温もりを閉じ込めながら一番会いたかったその名を呼ぶ。


「唯。ただいま」

「おかえり、亮」



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