彼
吾妻志記
彼
最近、夢を見るんだ。そうそう。僕には珍しいだろ?君は若い頃から結構夢にうなされていたけど、僕は眠りが深いからさ。はっきりした夢なんて本当に何年ぶりって感じだよ。
いや、別に。怖いとかそういう夢じゃないんだ。高校の頃の友達との思い出みたいなもの。違う違う。君じゃないよ。君との夢だったら、ちゃんと君との夢だったって言うよ。
幼稚園からの友達さ。雲が好きでね。よく二人で雲を眺めては象だ、飛行機だって話てたんだ。彼はね、同年代の子供と比べて妙に精神年齢が高いっていうのか、いわゆる一匹狼ってやつだった。学校は来るけど授業はサボってた。先生からは嫌われてたよ。もちろん。
変わった奴だったよ。人とは全く関わらないくせに、なんか僕とは一緒にいてくれた。お互いに友達が他にいなかったからかな。まあ、とにかく僕のとなりには彼がいて、彼のとなりには僕がいる。そういう関係だった。
うん。僕は彼のこと、好きだったよ。偶に気味が悪いことがあったけど。
たとえば…中一の夏だったかな。僕らはいつものように教室の窓から雲を見てたんだ。昼休みで校庭とかも騒がしかったよ。
夏って全ての色という色が輝いてギラギラしてて、自分をアピールするだろう?空、雲、木々、人。全てがそれぞれ独立して夏の風景を作っている。そんな、いかにも夏って言うような日だったさ。
彼がふと言ったんだ。
「あの雲何に見える?」
って。窓の外には大きな入道雲が立ってた。でっかいんだ。窓枠いっぱいにあぐらをかいているような雲。別に何に見えるわけでもない、ただの雲だった。
でも僕は考えたよ。何に見えるわけでもないものでもずっと見てたら何かに見えてくることもあるだろうからね。
それは僕らみたいに見えた。
雲は風景から完全に浮いていた。大きいからってだけじゃない。あまりにも死んでいたんだ。周りの人も木々も動いているのに、雲だけは絵から抜け出て迷い込んでしまったようだった。
僕らみたいだった。クラスから浮いていて、孤立したまま動くわけでもない。ただ立ち尽くして、おどおどしているだけさ。
でも、僕は言わなかった。だって、なんか格好つけみたいで気恥ずかしいじゃないか。だからそのアイディアを捨てて、また考え始めた。
その時、彼がいきなり口を開いた。
「僕達みたいじゃないか。」
ってさ。僕は何にも言ってないよ。本当に。
机の縁に腰掛けて僕を見ていたんだ。日の光が彼の垂れた前髪の間から差し込んで、彼の黒曜石みたいな瞳に反射していた。異様で怪しくて、びっくりするほどに美しかった。
とにかく、彼は僕の心を読んでいるようなことをちょくちょく言った。実に気味が悪いよね。
でも、十年来付き合った友人でも別れは呆気ないものだったよ。
学校から消えたんだ。多分、学校を辞めたんだろうね。彼は僕に一言もないまま、消えたよ。先生からも何もなかったけど、彼は先生から嫌われていたし授業のときはほとんどいなかったからね。誰とも関わろうとしないから、誰の記憶にも残っていなかった。
彼は僕の前にだけずうっといて、僕だけが彼を失った。
そうそう。君と出会った時期だったよ。あの時の席替えで隣になったから僕と君は話すようになれた。それと同じ頃さ。僕は君を得る代わりに彼を失ったような感じだった。
不思議と寂しくはなかったんだ。ただ、身の回りがスースーするっているのかな。秋の夜に上着を来ないまま外に出る感じ。あの肌寒ささ。
君は覚えてる?彼のこと。
……。名前。名前、か。
薄情者だとは思わないでほしいんだけど…。
正直に言うとね、覚えてないんだ。忘れてしまっているんだよ。なんでかわからないけど。いや、僕が一番驚いてる。
本当だよ。覚えていないんだ。シンジくんだったと言われれば、そんなだった気がする。でも、ユウトくんだったと言われてもそうだった気がするんだよ。よくある男の子の名前だったと思うんだけどね。どんな名前もしっくりきて、どこか違うような気もする。
そんなことないよ。彼は確かにいたさ。いたはずさ。
君の記憶には残り得ないほどに薄くてちっぽけな存在だったかもしれないけど、彼は確かに僕の前にいたよ。
黒くてきれいな目も僕は確かに覚えている。窓際のあの席にいつも……。
え?何言ってるんだよ。窓際の一番うしろにあっただろう。違うよ。あそこは消毒液置き場じゃないよ。彼の席だった……さ。……のはず。たしか。いや、きっと。
本当にあそこは彼の席じゃなかったのか?確かにそうかい。そう、なのか。
じゃあ、彼は存在しなかったってことか?もしくは、彼はもっと前に僕の前から消えていた、とか?
うん。そうだね。今度卒業アルバムでも見てみようか。
もう十二時を回ってしまったね。つまらない話を聞かせて悪かったね。明日は君も早いんだろう?寝ようか。おやすみ。
彼 吾妻志記 @adumashiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
- イマジナリーフレンド
- 彼
- 僕
- 夫婦
- 短編
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます