貴方を絆す、ココロがほどける。


「はぁ、日本食が恋しいよぉ」


 ようやく仕事から解放された。

 彼女は疲れた身体をベッドに預ける。



「あと少しで帰国かぁ。帰ったら何を食べよう」


 オーストラリアへ海外出張に来てひと月が経った。

 早くもホームシックになった彼女は、約七千キロ離れた祖国に想いをせる。



「アイツ、元気してるかな」


 ベッドの上にあったスマホが目に入った。

 手帳型のケースには、小さなストラップがつけられている。


 幼い頃に貰った狸の人形だ。

 それを見るとアイツの姿が浮かび、自然に頬が緩む。


 ちょっと垂れ目で気の抜けた顔は彼にそっくり。ついつい指ではじいていじめたくなってしまう。



「そうだ。今日はアレを食べちゃおう」


 時刻は既に夜。

 小腹が空いた彼女はキッチンへと向かう。


 戸棚から取り出したのは、彼女の名前と同じ“緑”色のパッケージをしたカップ蕎麦だ。


 これは先日、日本食を扱う店で衝動買いしたものだ。


 この国は食品の持ち込みが特に厳しい。

 そういった店でないとまず出逢えない、大変貴重な品である。



「ラーメンもあったけど、やっぱり日本人のソウルフードといったらコレよコレ」


 それに彼女は子供の頃から、簡単調理で美味しいこの蕎麦が大好きだった。

 何度も食べ慣れているけれど、ビニールを破る瞬間は大人になった今でもワクワクする。



「……よし」


 電気ケトルで沸かしたお湯を、内側の線より少し下まで注ぎ入れる。


 そしてあらかじめ起動しておいたスマホのタイマーをスタート。


 麺は少しカタメが好きなので、カウントダウンは三分マイナス二十秒。


 これがたぬきを作る時のマイルールだ。



「……早く会いたいなぁ」


 残り十秒。

 スマホのアルバムを見ていた彼女の口から、小さな溜め息がこぼれた。


 彼と思い出に浸るには時間があまりにも足りない。



 ――Trr。


 突然、スマホが着信を伝えた。

 宛名は――噂をすればなんとやら。


「もしもし、俺だけど……みどり? お前泣いてるのか?」

「……泣いてない。何か用? ってあれ?」


 日本とオーストラリアは離れていても時差は僅か。となれば、向こうも夕飯を食べていてもおかしくない時刻だ。



「あはは。まさかそっちでも食べてるのか? 好きだなぁお前も」


 ビデオ通話の画面に映る愛しい人。

 そして見覚えのある緑のカップ。



 うるさいな、好きで悪いか。


 色んな意味を込めたその言葉は敢えて言わない。



 ずずずっと食べながら、他愛も無い会話をする二人。


 この幸せと温かさは離れていても繋がっている。


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