赤と緑に挟まれた(#FFF100)の物語

ぽんぽこ@書籍発売中!!

夕焼け染まる、心にしみる。

「また“きつねとたぬき”なの!? いやだよ! 僕ハンバーグがいい!!」



 茜色に染まるキッチンに、悲痛な叫びがとどろいた。


 夕飯に好物が出ない。

 たしかにそれは大事件だ。


 小学生ぐらいの男の子はハンバーグやカレーを愛している。カップ麺ばかりだというのは少々味気ない。

 これを言われたのが母親であれば改善の必要がある。


 しかしそうではなかった。

 少年が怒鳴った相手は、齢八十を越えた老齢の女性なのだ。



「ごめんねぇ、タカシ。おばあちゃん、そういう洒落たものは作れないんだよ……」


 昭和初期の生まれである彼の祖母。

 煮物料理が得意だが、欧風のジャンルは不得手である。

 その得意料理も、腰の曲がった今ではキッチンに長時間立つのも難しい。



「おばあちゃんはいつもそうじゃん! 他の家だったら毎日ステーキだよ!? 覚えてよ! 作ってよ!!」


「ごめんねぇ……」



 できることなら作ってあげたい。

 だが身体が動かないのだ。


 元々皺だらけだった顔を余計にしわくちゃにさせ、何度も謝る老婆。

 せめて、息子夫婦が生きていてくれたら。

 死んだ者を責めたくはないが、ついそんな気分にもなる。



「もういいよ! おばあちゃんなんて嫌いだ!!」

「タカシ……」


 遂に少年は家を飛び出してしまった。

 祖母の足ではとても、彼を追いかけることはできない。


 独り残されたキッチン。

 開け放たれたままの扉からは冷たい風が吹き込んでいた。



 ◇


 ブランコの独り占めも飽きてしまった。

 うつむきながらベンチにポツンと座る少年。


 そんな彼に、声を掛ける者が居た。



「少年、こんな所でどうしたの?」


 すっかり日の沈んだ公園。

 少年はまだ家に帰ってはいなかった。



「だれ?」

「わたし? 私はこの公園の近くの住人よ」


 声の主はそう自己紹介すると、彼の隣りに腰掛けた。


「僕は……」


 少年は女性の方を見もせず、俯いたまま。

 元々気の弱い彼は大人が怖かった。

 知らない人に声を掛けられただけで逃げ出したくなる。



「……さぁ、家に帰りましょう? 大丈夫。おばあちゃんは怒ってないわよ」

「え……?」


 少年はようやく隣りを向いた。

 目に映ったのは、栗毛の頭にフサフサ耳を生やした優しそうな女性だった。



 少年は手を引かれ、そのまま公園を後にする。

 何故か道を教えずとも、家に着いた。



「お姉さんは……」


 気付けばもう、女性は消えていた。



「……おばあちゃんに謝ろう」



 その日の“赤いきつね”はいつもより美味しく、心にしみた。


 少しだけカップ麺が好きになった、遠い日の思い出だ。



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