第2話 グレー

 クローンの青年は、飼い主の死を目の当たりにした黒猫とともに都市部へと戻っていた。広い印象があった工業地区とは違って狭く、人間がいなくても窮屈な印象を覚える。

 道路の至る所に車が放棄されており、それがバリケードのようになっている道があったりと、まるで迷路のような場所だった。大通りや狭い路地をいくつも通り、大きなショッピングセンターの前で立ち止まる。

 ここのような大きな場所なら、それなりに良い物が置いてあるはず。そう思った青年は後ろにいる黒猫を手招きしつつ、自動扉の横にある手動の扉を押し開けた。暗い店内が彼らを出迎える。

 入店して気づいた事だが、ほぼ全てのテナントが金属製のシャッターによって閉じられていた。ショッピングセンターの出入口のシャッターが閉じていないのが少し不自然だったが、あまり気に留めない。


 周囲を見渡し、出入口付近の店内図と非常用ライトを見つける。ライトの電源を入れ、店内図を確認する。どうやらこのショッピングセンターは六階まであるらしく、それぞれのフロアのテナントの配置からトイレの場所、階段やエレベーターの位置まで、店内の情報が詳細に記載されていた。その中で青年は二つのテナントに目をつける。


「……ペット用品店に、家具屋か」


 二店舗の存在するフロアは一階と二階でさほど遠くもない。一階でいくつかのペット用品を同時に運べそうだ。家具店のベッドやソファなんかで休息を得られれば、少しはこの子の主人を亡くした悲しみを和らげられるはず。

 そうと決まれば実行しよう。俺はクローンであるが、生きている。少しは休息を取らないと過労死するというものだ。それに、自分以外の何かに対して、ここまで休んで欲しいと思ったのは、今回が初めてだった。相手の状態を知る事も、的確な判断もできず、内心少し焦っている。


「とりあえず、何か使えそうな物を探しに行くとするか」


 青年は周囲をキョロキョロしていた黒猫を抱き抱え、暗い店内を照らしながら歩き出した。


 店内を歩いていて気づいたのだが、どうやら閉店後にこの場所を訪れたの俺ら以外にもいたようだ。所々のシャッター−−−特に食品売り場−−−がこじ開けられている。同じようにして、ペット用具売り場も開けられていた。開けるのに使用されたであろうバールが床に放置されている。

 人類と言うのは、自分らに似せて造ったクローン俺ら以上に貪欲なのだなと、心中で毒づいた。

 入店して、使えそうな物を探る。


 選んだのは、数枚のトイレシートとキャットフード。あとはキャットフードと水を入れるための『8』の形をした器くらい。それらを黒猫と同時に持つ事はもちろん不可能な訳で、仕方なく彼には降りてもらった。

 十キログラムはあるであろうキャットフードの袋を片手で抱え、トイレシートと器を空いた手で持つ。猫について来るよう声をかけ、二階に続く階段へ向かった。


 家具屋の広いテナントへ来ると、一目で荒らされた後だと察した。特に木製の机や椅子なんかがセットから欠けていて、ダイニングなどの間取りをイメージして作られたスペースがとても不自然に感じた。木製の家具が狙われたのは、おそらく暖を取るためだろう。工場地区の方でいくつか焚き火跡のようなものを見ていたため、そう推測するのは容易だった。

 万が一に備え、気性の荒い人間、もしくはその他の動物がいないか気を配りつつ、比較的清潔そうなベッドを探す。意外にも多くのベッドが汚れの少ない状態で放置されいたが、枕や毛布と言った物はほとんど持ち出されていた。


 本当はおしゃれだったであろう殺風景な寝室セットのシングルベッドに荷物を預け、毛布を探しに出る。


 寝室のセットが展示されているスペースは他のスペースと違って人間の生活感を感じた。おそらく、最近まで多くの人がこの場所を利用したのだろう。シーツにシワが付いていたり、誰かの鞄が立て掛けられたままであったり−−−−ここで待っていれば誰か戻って来るのではないかと期待してしまうほどには、人間が存在した証を見つけた。

 しかし、その期待もしゃぼん玉のように弾ける。あるベッド付近では血痕、またあるベッド付近では血の付いた刃物。それらが示す結果として、ここで殺人に至るようないざこざがあったのだろう。生存者がいた場合、彼らに会う事だけでなく、まともな人間に出会えるかどうかも危うくなってきた。足下で悲しげに鳴く黒猫の存在を感じつつ、その光景から目を逸らす。


 あれからやっとの思いで清潔そうな毛布を見つけ、荷物を置いたベッドへ戻ってきた。そろそろ夕刻なのか、店の外からカラスの鳴く声が聞こえて来る。同時に抗うのも億劫な睡魔に襲われた。ライトの明かりを消すと、自然と身体がベッドに倒れ込み、慣れた動作で毛布に包まる。新しい主を案じてか、黒猫も毛布の中へとやって来た。毛布から突き出た頭を撫で、「おやすみ」と、一日の終わりを告げる。

 睡魔に身を任せ、ゆっくりと目蓋を閉じると、簡単に意識が遠退いた。


 闇が支配するショッピングセンター内に、小さな寝息が響きだす。

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静寂の中で【書けない】 キツキ寒い @kituki_361

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