2日前 奇跡が詰まった贈り物
式典を2日後に控え、総督府はものすごい熱気に包まれていた。
新種の発表、新しいロゴやマーク、キャッチコピーの公開、財団立ち上げのアナウンス、軽量移動式ホテルの紹介貸出し、オードブルの缶詰瓶詰めの試食に売り出し、どの部署も時間を惜しんで最後の準備に当たっている。こんなあれこれをよくもまあ短時間でやってのけたものだと、仕掛けた側の僕としては申し訳なさも大きかったけれど、それ以上に関係者一同の晴れ晴れしい笑顔に心救われる。
「これぞスロランスフォード! ってみんな思ってるのよ。一人ではできないこともここでならできる。一か八かの賭けみたいな、まるで夢みたいな想像だって、やり方一つで本当になる。それを一度でも体験すれば、もうこの魅力からは抜け出せないでしょうね。才能が才能を呼び、インスピレーションが新たなインスピレーションを掻き立てる。その先にあるのは誰もが目指す未来よ。ウィル、すごい風起こしちゃったね」
「俺も、この街に住みたい」
振り返ったロティが、しっかとルカの手を握りしめた。どうしてルカには……という不満はねじ伏せその行方を見守る。
「当たり前じゃない、ルカ。他にどこに行くの? ここ以上にルカに似合う場所はないわ。カスターグナーに帰るなんて言ったら、許さないところだったんだから」
「……ロティさん……」
「ここにいるよね。帰らないよね?」
「……うん。ずっといる……」
僕は知らず詰めていた息を吐き出した。周りはきっと放ってはおかないだろうけれど、さて本人はどうだろうと思っていたルカ自身の口から、その言葉が聞けてよかった。総督もロティも僕も、先のマローネの件の後、ここを自分の星とした。もうカスターグナーに帰ることはない。ルカの今後は彼自身のものだから、無理強いする気はない。けれど、できればとどまって欲しいと思うのは本心だし、もしそうでなくても、しばらくは一緒だと知れて気持ちが高まった。
満面の笑みを浮かべてルカの手を握りしめていたロティが、ふと真顔になった。
「で、準備の方は?」
「ああ、問題なしだよ。ルカがいてくれたからね。僕一人じゃ泣きながら当日朝までかかったかも」
「まあ……。ルカ、やっぱり帰ってはダメ。ウィルと組んでみんながびっくりするようなもの、これからもたくさん作らなくっちゃ!」
その時ノックの音が聞こえた。入ってきたのはベニーだ。手には小さなアタッシュケースを下げている。
「やあ、みんな、生きてるか?」
「ベニー、俺たち大丈夫。あとは前日の設置と微調整」
「そうか、そうか、さすがだな、ルカ」
満足げなベニーが僕らに教えてくれる。
「ルカはね、昔からとにかく提出が早かったんだ。さっさと出して文句なしの満点。とりあえずとか、もういいかとかじゃないんだよなあ。これ以上やることはない、って言うんだ。誰もが唖然としてたな。まあ、俺は慣れっこだったけど。ウィル、命拾いしたな。こんな恐るべきスケジュール。本当、よかったよかった」
そう言って大笑いしながら、ベニーはロティにケースを差し出した。
「このままで、そっと開けてみて」
ロティが上部の留め金を外し、立てた状態で手前をそっと引けば、中には銀色のキャップのようなものに挟まれた片手サイズのガラス容器が見えた。それは光っていた。上部にライトが埋め込まれているのだ。下部には土。
「これ!」
「そう。これで間違いなよね?」
そこにあったのは小さな小さな一輪のヴェッラ・デ・ラ・マロネリオンだった。ベニーは、僕たちのカスターグナーでの話を聞いてこの花にとても興味を持ったらしい。まあ、あれだけマローネ3に関わったのだ。感慨も大きかったのだろう。
「あれ以来、ジョンソン博士とも親しくさせてもらってるんだ。科学のヒントは自然の中にも数多いよ。本当に興味深い。そんなわけで、僕も固有種の保存には賛成だから迷ったけど、これなら許されるかなあと思って……。総督への誕生日プレゼントだよ。いつもお世話になってるから」
ベニーの話を聞きながら、けれど僕もロティも目はそのケースに釘付けだ。
「せっかく聖歌隊も来てるんだから、やっぱりこの花がないとね」
「ええ、ええ。だけどこれ……どうやって……」
「類友だよ」
ルカがなんとも誇らしげな笑顔を弾けさせた。
「ベニーの友達、不思議な奴がいっぱい。これきっと、環境条件を狂いなく維持できるやつの仕業」
「おおっ、ルカ、鋭いな。そうだよ、これはあいつの新作」
「あいつ? 新作?」
ロティの疑問にベニーも笑顔で頷く。
「ロティさんも噂には聞いてるんじゃないかな。カスターグナーの新しいプロジェクト。植物を輸出するんじゃなくて移住させるあれ。友人が参加してるんだ。と言うか、そのシステムを作った。通常は巨大なコンテナサイズの装置なんだけど、特別にかわいいのを作ってもらったんだ」
「「!」」
想像を超えた話に僕らは言葉もない。そんなトップクラスの技術を個人的に使っていいのだろうか。
「副総督が力を貸してくれた。俺たちが個人的にどうこうできるもんじゃない」
「だよね……」
やっぱりそうだったかと納得する僕らに、ベニーは事の顛末を語った。
思いついたそれを、ベニーは迷わず相談にいった。そんなとんでもない話、けれどこの人なら……という直感からだった。話を聞いた少佐は例の悪い顔でニヤリと笑った。
「トラヴィス、いいじゃないか。発想が大胆でいい。乗った! こういうのはな、大人に任せておけ。大人の事情だ。あそこには連邦政府から十分資金はでてるが、あればあるほどいいだろうからな。それに知名度も。さらなる才能やチャンスを呼び込むには、魅力的な要素が必要だろ?」
資金援助や技術提携にとどまらず、公的事業の連邦政府にはできない新たな提案をする。すなわち、ベニーがイメージする小型装置を、贅沢な贈り物にしたいと思う裕福層に向けての商品として開発するのだ。もちろんそのPRはスロランスフォードがする。
「どうだ、これ。で、もうほぼできてんだろう? そいつの頭ん中じゃ。お前がここにこの話を持ってきたっていうことはそういうことだろ? よ〜し、その旨味はこの契約書一枚と引き換えだ。もらった。流通第一弾は式典! 銀河全員が見てるんだ。これ以上の効果はないだろう! トラヴィス、急げよ! 今すぐ働きかけろ! 絶対遅れるな!」
総督留守の間に、一体どれくらいの重要な取引が行われたのか。まあ、もともとそういうことは副総督の仕事なわけだから、きっとあの人はあれもこれも嬉々としてサインしたのだろうと容易に想像できた。
「だからこれは、マローネ3に関わった全員からのプレゼントさ」
「え!」
「発案は俺だけど、買ってくれたのは副総督で、多分みんな思ってたと思うんだ。変なところでシャイな奴が多いから、俺がみんなの気持ちを代弁したってわけ」
「ベニー、格好いい」
「ああ、そうだな、ルカ。ありがとう、ベニー。最高だ」
「ベニー。みんな感動するわ、本当にありがとう」
僕らが口々にそう言えば、シャイなのはお前もだろうとつっこみたくなるほどに真っ赤になって照れるベニー。雪の結晶もそうだし、今回の環境維持装置も。ベニーもやっぱりこの星にはなくてはならない仲間なのだ。
「ただ、この装置には時間制限がある。1年だ。固有種だからな。また元に戻すことが今回は条件なんだ。それくらいあれば総督もカスターグナーに行けるだろ? やっぱり自分で行きたいよな」
ブンブンとロティが首を振った。僕も同感だ。あの小さな花壇に総督がそっと花を戻すのか……なんともいい絵すぎて目頭が熱くなりそうだった。
勝負の日まであと2日。
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