5日前 銀河の果てで舌鼓を打つ

「ハモンド。お前、食を基本にアンテナ立てて新しいことを考えてる奴とか、心当たりあるか?」


 慌ただしい午後、やってきた少佐はいつになく思案顔だった。


「……そうですね。友人が携わっている新しい店舗には、結構ユニークなオーナーが揃っているように思います。既成概念にとらわれていないというか……」

「うんうん、よし。それでいってみるか」

「へ?」


 式典でのケータリングの案件もまた大詰めだった。滞在許可が発行されている者以外にも、日帰り希望者や貸し出しホテル使用者など、膨れ上がる数は未知数だ。けれどここはスロランスフォード、めでたい日に食いっぱぐれる者が出るなどあってはいけないことだ。


「だからと言って、作りすぎればそれはそれで問題だ。何かうまく折り合いのつくものはということになった時、この案が持ち上がったわけだな」


 その案とは……非常食・缶詰の製造だ。


「……気持ちはわかりますが、こういう時に食べるものでは……」

「だから、スロランスフォードらしいものを作るんだよ。小洒落たものを詰めるんだ。綺麗なビンや缶、目を引くラベルもだ」


 それはある意味夢のようなアイデアだった。積んでおくだけでも素敵なディスプレイで、ホコリやゴミや温度を気にせずに済む。まさに屋外向け。けれど僕らは食のプロではないから、それを可能にするにはその道に精通しているパートナーが絶対不可欠だ。


「だからお前に聞いたのさ、このアイデアにのっかってくれる好き者がいるかってな? 今、各レストランは特別メニューを考え中だ。どこの店にとっても大きなチャンスだからな。そこにもう一つ提案するわけだ」


 この話にのってくれそうな人物……僕の脳内に数人が浮かび上がった。


「まあ、保存食といっても賞味期限はあるからな」

「でも、書いてある年月日よりはずっと長く持つと思います。保証できないというだけで」

「そうだな。だったらどんどん回すだけだ。賞味期限を待たず、必要な場所へ寄付して、手元のものを新しくする。誰もが気持ちよく使える、経済を回していく、援助にもなる。それに……」

「それに?」

「それが美味けりゃ、復興時の希望になったりするかもしれんぞ。これの本物を食いにいつかスロランスフォードに行こう! ってな」


 少佐の言葉に僕は大いに唸らされた。


「それにな、ハモンド。考えてもみろ。好きな店の惣菜を持ち運ぶのも案外大変だろう? 乱暴にバッグに突っ込んだり長時間持ち歩いたりしたら、食べる時には悲惨なことになってる。でもそれを全く気にしてなくてよくなったらどうする?」

「……!」

「だから作ってやろうって言ってんだよ。これはもう、ケータリングの話だけじゃない。今後の土産にも繋がる。気に入った店のあれこれをもし缶や瓶で持ち帰れるなら? それをパンパンになったスーツケースに力づくで押し込んでも平気だったら? 俺は買うな」

「僕だって買いますよ!」


 一体この人は……。どんな回路が結びついたら、これほど大きくすべてを巻き込んだ結果が見事に集約されて綺麗に収まるのだ。しかし、唖然としつつもうっすらとその力の源がわかってきた。

 ただの金儲けではないのだ。逆を言えば投資、もっと言えば大掛かりな寄付だ。見返りを求めていない作戦は、だからこそ人の気持ちをいい意味で煽って爆発的な何かにつながる。

 そしてそれをまたこの人は、惜しげもなく次なる展開へとつぎ込むのだ。その時点で内容はもう一流の何かに育っている。それを武器に一か八かの勝負に打って出る。人々の想像を超えたはるか先、さらなる飛躍目指してだ。これほど魅力的なことがあるだろうか。才能のある者たちが惹かれないはずがない。己の人生を賭けていいと思う者が出て当然だ。少佐の発案は、こうしていつだってとんでもなく最高のものになっていくのだ。

 その少佐がニヤリと笑った。


「そこにスロランスフォードの名前を併記する。言わば総督府のお墨付きってやつだよ。店の名前なんて小さいことは言うな、星の名前を背負ってるんだ! どうだ、血湧き肉躍るだろう!」

「……それは好戦的で血の気が多そうな職人限定だと思いますが……でもそれ以外の者も間違いなく興奮するでしょうね。式典をきっかけにした新しいビジネス展開。とにかく味ですからね。食べてもらうことが何よりだ。それを銀河中に届けられるなら、この話、のらない方がおかしいでしょう」

「まあ、今回は色々と制限があるから、まずは開発に時間と人手を割ける店のみだがな」

「ええ、ええ、もちろん。それにしてもこれは……すごいことですよ。でも、なんでこんな話を僕に?」


 そういって首を傾げれば、少佐がぐいと身を乗り出してきた。


「お前が作れ!」

「は? 何をです!」

「ビンや缶に貼るシールだよ。マークだ。いいか、この商品は総督府が出すんだぞ。印がいるだろう」

「ちょっと待ってください。僕はそういうデザイナーじゃありませんし、それに新しいロゴが発表されるんですから、それでいいじゃないですか」

「ダメだ!」


 ぴしゃりと切って捨てられた。少佐が人差し指を立て、ちっちと振ってみせる。


「これはな、被災地へも行くんだ。手に取る人たちの心情を考えろ。フィリス・リックのロゴ? あんなキラキラしたもん貼れるか。だが味気ないのも嫌だ。他の店舗にギャアギャア言われるのも癪に障る。だからぐうの音も出ないものと考えた時、お前しかいなかった」

「?」

「大聖堂だよ、ハモンド。心を守り繋いでいくもの。これなら銀河中が納得するだろう。資料を持ってるのはお前だけ。適任だろう?」


 正論ではある。だけどもうこっちはミッションでギリギリだ、新しい案なんか浮かぶ気もしない。ガックリとうなだれる僕にルカが走り寄った。


「あれ、あれがいいよ、ウィル」


 そう言うが早いか、ルカはデスクに置いてあったノートを少佐に差し出した。フィリア・リックがあまりに綺麗でデッサンしたのだ。ノートから目を離さず少佐が言った。


「ハモンド、俺は一つ財団を作ろうと思ってる。せっかく全銀河の宗派を集めたんだ。それを軸にな。銀河の平和を祈って。このマークのついたもののからの収益は全てそこに寄付される。式典に集まった観光客にガンガン買ってもらおう。まずはシール一つでいい。それだってプレミアものになるぞ。その始まりに携わった証。感動だろう? それも式典を現地で見てな。これはもう生涯の語り草だ」

「……稼ぐ気満々ですね」

「おいおい寄付だよ。ただ払うだけじゃない、買った奴らは舌鼓も打てる。いい話じゃないか」


 式典に乗じた財団設立。すごい宣伝だ。だが……。声高らかに言い切った少佐を僕はじっと見つめた。


「どうした」

「悪い予感しかしません」

「そうか、俺はワクワクしてるぞ?」

「……」


 少佐がふと表情を変えた。どこらどう見ても、この星の最高責任者にふさわしいオーラが全開だ。


「ウィルフレッド・アーチャー・ハモンド、来季は財団ビルを建築だ。大聖堂の雰囲気を前面に押し出して、シベランス銀河最高の撮影スポットになるものを作れ」

「っつ!」


 やられた。そうきたか。頼りにされていると思えば嬉しいが、とんでもなく大変そうだ……。と、少佐が再びやんちゃな表情に戻り耳打ちしてくる。


「なんなら給料は倍額だ」

「職権乱用です。さすがにそれは総督を通さないと」

「大丈夫だ、リックはわかってくれる。それにお前、今そんなこと言ってみろ、諸々バレるじゃないか。だが商品が必要なのは当日だ。俺らがやらなきゃダメだろう。リックには後でよーく説明しておく」

「俺らって、やるのは僕ですよ……。副総督、あなたが頭だとやっぱり死人が出ます」

「あ? それはもう聞いた。アルムホルト! ハモンドのケツをひっぱたいてやらせておけ。お前は乗り気だよな。うんうん、いい子だ、任せたぞ!」


 勝負の日まであと5日。

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