7日前 白き森の喜び
翌日、カスターグナーからの特別船がやってきた。DF部隊の小型艦船だ。約束通り、中尉の聖堂の聖歌隊を送ってきてくれたのだ。花は別便で四日後に到着らしい。僕らは銀河ポートへと急いだ。
「四日後って、それも花だけで……。そんなに何回も大丈夫なの?」
驚きを隠せない僕が聞けば、ロティはやんわりと笑った。
「私たち、ほとんど宇宙空間にいるの。あっちこっち、ずっと動いてるから。ちょっと寄り道するくらいの話。全然問題はないわ。それにみんな嬉しそうだった。スロランスフォードにきて、一日休暇が取れるなんて素敵なことですもの。よってこれは、人助けをしたようなもの。ウィルが気にやむ必要はないわ」
「はあ……」
「ロティさん、俺、あの船のってみたい」
「いいわよ、あとでのせてあげる。あっ!」
到着ゲートに主教様の姿を見つけたロティがさっと駆け寄る。
「主教様。体調はいかがですか? 問題はありませんか?」
「ええ、なんの心配もいりませんよ、オーウェンさん。素晴らしく快適な旅でした。そして驚くべき神秘の体験でした。宇宙を見るなど、長生きはするものですね」
主教様が周りの方と話していらっしゃるうちに、ロティがルカを振り返り言った。
「いい、ルカ。長生きっていうのはね、こういう時に使う言葉だからね」
少佐の昨日のあれか。肩を竦めて僕がルカを見やれば、彼はくすくす笑っていた。副総督に対するロティの辛辣な態度が何かと面白いらしい。けれど、その不思議なバランスがロティを生き生きさせていることは間違いなく、僕はこのミッションを受けてよかったと、今更ながらに思った。
聖歌隊チームに向き直ったロティが、ではホテルへと言えば、主教様は首を振られた。
「道中、十分に休息を取ってきました。広い館内は至れり尽くせりで、退屈することもありませんでしたが、やはり自然の空気が恋しい。聖堂の中から出ないとは言え、花壇で水やりしたり、たまには丘陵地を行ったりくらいはしますから。どうでしょう。せっかくなので外に出てみたいのですが」
「外……ですか。かなり寒いと思います。ここでは雪も降りますから。今日の気温も……そうですね、水辺の浅い箇所では凍っていると思います」
「水が凍ることは、私たちの土地でも稀にあります。それが常となるとこれはまた未知の領域ですが、ここへ導かれたのです。そんな世界を覗き見ても許されるでしょう。むしろそのような違いを知ることで、自らが生かされている環境への感謝の気持ちが高まるような気がします」
ロティは頷き、近くの者に指示を出す。すぐに人数分のコートが運ばれてきた。冬に備える習慣などない主教様たち。さらにいつも質素で慎ましやか。極寒を耐え忍ぶコートなど持ってはいらっしゃらない。
「滞在中はどうぞこちらをお使いください。決して贅沢品ではありません」
それはある意味本当ではない。コートは最高級のものだ。けれど一切の装飾を省き、かなりシンプルにつくられている。彼らの生活を慮ってロティが特別に用意した。主教様もそれを感じられたのだろう、ありがとうと一言だけおっしゃり、そっと袖を通された。
聖歌隊には少年たちも多い。彼らはきつく申し渡されているのだろう、誰もが静かに佇んでいたけれど、その瞳はキラキラと輝き、心の内を物語っていた。
「では森へお連れします。街の真ん中に大きなものがあるのです。小川も流れ、季節のいい頃には花も群生します。なるべく人の手を入れないよう守ってきました。自然との共生、自然への回帰を目指す私たちの希望の象徴なのです」
「ああ、素晴らしいですね。人もまた自然の一つだ。生かされている。それを知り、感謝とともに生きていくことを私たちも美徳としています。こんな大都会が自然への敬意を忘れていない、感動ですね」
生態系チームのトレーラーがすぐに横付けされた。ラグジュアリーなリムジンやバスよりずっといいだろう。それは研究のためのものであって、きらびやかさとは程遠いもの。無骨な外観、機能を優先した内装。けれど全てが超一流で、事細かな配慮が行き届いている。さすがはロティだと囁けば、ジョンソン博士から申し出があったのだと言う。僕らがカスターグナーを訪れ、その気候や自然に驚かされた話は博士にもしてあった。そんな美しい世界の中で生きてらっしゃる主教様たちのことを、博士は気にかけてくださったのだ。
「ありがたいね」
「ええ、多くの違いがあっても、自然を愛する心は同じって感じられて嬉しいわ」
「ああ、本当だ」
「ロティさん、僕らの大聖堂はきっと、主教様にも博士にも、喜んでもらえるね」
「うん、ルカ。間違いないわ」
トレーラーを降り、白い息を吐きながら進めば、ロティの予想通りトレッキングコースの小川はほぼ凍っていた。僕とロティが、赴任してきて初めての夏を一緒に過ごした思い出の場所。盛り上がり、吹き出したまま凍りついた流れはまるで芸術品のようだ。一方で、チロチロと溶け出している箇所からの水は、冬の光を受けて輝いている。なんとも荘厳な風景だった。
夏を知っている僕からすれば、冬枯れの森はやはり寂しい。けれど見れば見るほどその美しさを感じられるようになった。霜の降りた草原や結晶を張り付かせた木々は白の神秘にあふれている。初めて「凍れる森」に遭遇した面々も、身を切るような寒さにも関わらず、頬を紅潮させて歓声をあげた。
「主教様、見ていただきたいものがあるのです。まだ正式には公開されていませんが」
「ロティ!」
「大丈夫、副総督から許可は出てる。主教様、よろしいですか?」
「ええ。私はただ受け入れるだけです。オーウェンさんがいいのなら問題はありません」
みなを誘った先にはフィリス・リックの群生。それは白の王国だった。華やかにさざめく雪のような花たちの上を、凍れる結晶が舞い踊る。すでに足を運んでいた僕らでさえ息を飲む光景だ。聖歌隊の人々もいうまでもなく、みな言葉を失った。
「ヴェッラ・デ・ラ・マロネリオンもかつて、こうして群生していたのではと思うのです。自然の中で自由に」
「ええ、ええ、オーウェンさん。きっとそうでしょう。なんと素晴らしい光景でしょうか。これこそ神のつくりたもう楽園です。命の輝きにあふれている。気高く清らかだ。このように美しいものに出合えるとは思いもしませんでした」
「これは、気温が下がることによって再び活動を始めました。手厚く守るだけではなく、必要なものを探り手助けしてやることの大切さを学びました」
ロティがそう説明すれば、主教様が大きく頷かれた。
「私もそろそろマロネリオンを戻す時なのではと思っていました。中庭ではなく丘陵地に。自然の中に返してやり、雨水に風に任せて……。連れてきてくれてありがとう、オーウェンさん。新しい目標が、生きる力がさらに湧き起こりました」
「いいえ、こちらこそ。あの美しい自然に大いに触発されました。今やマローネ・デスペランサはこの星の大事な花で、研究テーマでもあります。公園管理事務所には多くの研究員が所属しています。ヴェッラ・デ・ラ・マロネリオンの復活に向けて、スロランスフォードは惜しみない助力をお約束します」
「ありがとう、本当にありがとう」
それから僕らは時間の許す限り森を楽しんだ。主教様は送り届けたホテルの前でおっしゃった。
「ここには本物がありました。独自の生態系、素晴らしいことです。教えられることばかりでした。そして……凍れる森の美しさは格別だった。幼い頃、想像した森を思い出しましたよ。雪や氷や、物語の中のものに憧れを抱いていた頃が私にもありました。聖歌隊の子どもたちは今がまさにその時でしょう。このタイミングで彼らに広い世界を感じさせてやれてよかった。これがどんな未来へ結びついていくのかは私にはわかりませんが、新しい風が吹くことは決して悪いことではありません」
僕らの仕事の先で広がっていく世界がある。主教様の言葉は、深く深く僕の中に染み渡った。
勝負の日まであと7日。
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