8日前 最強最高の切り札とは
「ウィル、これ副総督からの連絡なんだけど、まあ……私たちには関係ないから担当者に回しておくわね」
「ん? そんなものがわざわざ?」
「そういえばそうね」
大聖堂に集中しろと、雑務を引き受けてくれた少佐。細々と発生するものは僕らの耳に届く前に迅速に処理され、準備は順調だったのだ。そんな少佐がわざわざ送ってきたとなると……。僕はロティからメモを受け取る。
「出席者のドレスコード?」
「ええ。招待状に記載すれば済むことよね?」
「そうだね……ん? ここ、これなに?」
「何? 白の、フォーマル、だけど?」
「違う、違う、その下。小さい注意書きみたいな」
「ん? ……総督府関係者は聖歌隊への協力を・詳細についてはご連絡ください?」
意味がわからず僕らは顔を見合わせた。ちょうどそこにルカが帰ってきた。
「どうしたの、二人とも」
そう言いながら手元のメモを覗き込む。
「お芝居みたいなの、やりたいのかな?」
「え?」
「聖歌隊の演目、神話みたいなもの、多かった」
僕もロティも、聖歌隊を招致できたことに安堵して、その演目まで気にしていなかった。お任せだったのだ。けれどルカは、持ち前の探究心と観察力でチェックしていたようだ。この大聖堂は、雰囲気を出すために既存の建築に多少手を加えているわけで、演目にマッチするものであればなおさらいい、そう思ってのことだったらしい。
「神話?」
「うん、いろんな神様がいた」
「まあね、銀河中からだからね」
「面白かったのは、半裸の軍神。強面だけどおしゃべり。えっと、なんかややこしい名前の星の」
そう言ってルカが口にした星の名は、僕にはとても馴染みのあるものだった。そう、それは感謝状を送ってくれた例の聖歌隊の星。
「あああああああああ!」
「どうしたの、ウィル! 大丈夫?」
「ごめん、ごめん、でも今わかった」
「何が」
「副総督の高笑いの理由さ」
説明しようと僕が口を開きかけた時、ノックとともに誰かが突入してきた。
「副総督、本日のアポイントメントはありませんが?」
「ああ、そうだな。なに、休憩だよ、シャーロット。顔を見に来たのさ」
ロティの冷ややかな対応にも悪びれず、ウィンクまでして見せるのを胡乱げに見やれば、少佐は顎をしゃくった。その先にはメモ。
「ハモンド! 読んだか?」
「ええ、読みました」
「どうだ、いいだろう、最高だ!」
「副総督、なんとなくわかるような気がしますが、ロティたちにはさっぱりだと思いますから、どうか説明をお願いします」
「そうだな、そうするか。お前らきっと腹を抱えて笑いまくることになるぞ」
そこからの話は、僕が想像した以上のものだった。
例の聖歌隊の出演が決まった時、打ち合わせも兼ねて代表があいさつに来た。ちょうど総督も時間があったため、そこに同席したのだ。
代表は総督を見るなり凄まじい勢いで立ち上がった。そして早口で何かをつぶやいたきり、呆然としてしまったのだ。すかさず少佐が割って入り、動転している代表を落ち着かせ真相を引き出した。
彼らが今回の公演でテーマとするのは、戦いを終わらせて平和を維持する、彼らの星でもっと尊い神、軍神だ。その並外れた体格、野性味のある風貌、そして意外に気さくな性質で絶大な人気を誇っている。その軍神に捧げる曲をメインにしているため、舞台セットとして巨大な絵姿が運び込まれることになっていたのだ。大ホールいっぱいの勇姿はインパクト大のはずだった。その軍神が……!
「あんなもの、総督が御出でになれば霞みます。ああ、まさに、まさにだ。万人がそう思うでしょう。軍神の如しとは噂に聞いていましたが、まさかこれほどとは。初演の際にはぜひご協力願えないでしょうか」
総督は、なんとその軍神の化身とも言えるほどだったのだ。初公演の際にはPRも兼ねて舞台挨拶がある。総督府からも誰かが立ち会うのだ。代表はそこに総督の出席を願った。それも軍神のいでたちで。スロランスフォードのPRは、いつもかなり仕掛けてくると銀河でも有名だ。軍神のいでたちなど最高のパフォーマンスだと言えるだろう。一も二もなく決まると誰もが思った。けれど総督は渋った。
彼は己が英雄扱い、軍神扱いされることを厭う。見世物みたいで嫌だと眉をしかめる。小ぎれいにスーツを着込み、驚異の肉体を極力抑え込もうとする。服の上からでも明らかなそれは、本当は隠しようもないけれど、少しでもそういう機会を回避したいわけだ。それを半裸で登場とか、ありえないと思ったのだろう。
しかし小さな星からの初公演を成功さすためにはそれ以上のものはない。手を貸さないわけにはいかない。結局、頭を抱えながらも総督は頷いた。
この決定に聖歌隊は大いに沸いた。そんな時に変更を余儀なくされたのだ。式典はどこでだってできるわけで、公演が中止になった側としてはそれなりの妥協案が欲しいところである。彼らは式典出席の際にも、パフォーマンスを助けるものとして総督の軍神像を願った。それができれば喜んで協力をしようということである。もちろん少佐は快諾した。そんなことでよければと微笑んで。
そして、その経緯を聞いていた総督は、まずは中止になったことに胸をなでおろし笑顔になって……ところがまさかまさかの急転直下。その百面相の面白いことと言ったらなかったな……と少佐は大笑いだ。腹を抱えて笑ったのは僕らではない、少佐だ。僕らには引きつった笑みしか浮かばないというのに、だ。
「俺には見えたのさ。ハモンド、お前が話を持ってきた時点でもうな。リックの百面相と落胆ぶりさ」
全てはお見通しだったわけだ。なんという人だろう。けれどよくわかった。あんなにも簡単に僕らのわがままが通ったのも、ひとえにこの総督の軍神像あってのことだったのだ。そんな切り札を少佐が使わないはずがない。
「副総督は未来も見える?」
「おお、そうよ、アルムホルト。長く生きてるとな、こういうこともできるようになるんだ。お前も鍛えて長生きめざせよ!」
「もう、ルカにいい加減なことを言わないでください、副総督!」
「長生きって、まだまだ十分に若いと思いますが……」
僕らの文句など意に介せず、少佐はさらに豪快に笑った。あまつさえ涙を流しながら。
「半裸の軍神。実は俺も見たかったんだ。あいつ、内戦終わってから脱ぐことがなくてな」
「な! 総督に同情してたんじゃないんですか?」
「俺が? まさか! 期待した派さ!」
僕が突っ込めば、少佐はケロリと白状した。ロティは白目で明後日方向を見ている。
「いいか野郎ども、あれだけのものを見るとな、闘志が湧くってもんだ。トレーニングもサボれなくなる。肉体は裏切らないぞ! 俺にはな、あれは最高の起爆剤なんだ」
「この筋肉脳が……」
「副総督……、お願いだからこれ以上爆発しないでください! 身が持ちません」
ロティがついに堂々と悪態をつき、僕はすがりついて懇願した。けれどそこにとどめの一言だ。
「副総督も脱いだらいい」
「「ルカ!」」
勝負の日まであと8日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます