9日前 大いなる未来へ花開く時
僕はオフィスの窓から、忙しく立ち働くイベント設備関連の人々を見つめた。
式典の名目がスロランスフォードの新たな時代の幕開けを告げるもの、「告知」であることが大々的にアナウンスされた。新種の発表と、それを星の花と定めてのロゴやキャッチフレーズの公開であることは伏せられている。総督の誕生日会であることはもちろん最高機密だ。
けれど、この式典のために銀河の各地から素晴らしい聖歌隊が集まり、コンサートさながらの演出があることは盛大に打ち出してあるため、銀河中があっという間にこの話題で持ちきりになった。
式典はオペラハウスで行われるため、入場できる人数は限られてくる。その大半は招待される関係者だったけれど、抽選で一般客も入れるとあって、スロランスフォードへの旅行客たちは色めき立った。
とは言え、それはわずかな数。望む誰もがその夢のような機会を手に入れられるわけではない。しかしそこはスロランスフォードだ。抜かりない。街中でこの式典を祝えるようにと、大型スクリーンが設置された数カ所の屋外会場が用意されることになった。そこには人気のレストランのケータリングやイベントグッズのカートなども並び、ちょっとした祭りのていだ。これはもう、とんでもない賑わいになるだろう。
そしてその会場にも、聖堂内と同じタイミングで雪が降るのだ。ルカが作り出す特別な雪ではなく、ドームが管理するものではあるけれど、観光客の熱気は一体どれほどのものか。すぐにスクープとして配信されることは間違いないだろう。そしてそれは銀河の隅の隅までオンタイムで届く。
「銀河中が弾けて狂喜するね。背筋がゾクゾクするよ」
「ええ、怖いくらいね」
僕らが緊張を感じて小声で囁き合えば、ルカはクスクス笑っていた。人見知りではあるけれど、怖いもの知らず、いや、探究心の塊なのだ。今回のことも楽しみ以外のなんでもないらしい。
「だけど、悩ましいわね」
「ああ」
史上稀に見る観光客の数。それはすなわちホテルの確保が難しくなるということだ。多くの人に見てもらいたい、実際に感じてもらいたい、しかしそこには同時に供給面での問題も発生する。銀河ポートでは滞在証明書の提示が必要となるため、宿泊先のないものは出ないだろうけれど、それでは不平不満が吹き出しそうだ。艦船泊の日帰りでもいいからという人が後を絶たないだろうことも考えられる。
「部隊みたいに野宿に慣れてれば問題ないけど、一般の人たちはそうはい」
「それだ! そうだよ、ロティ。ちょっと待ってて」
僕は部屋を飛び出した。行く先はもちろん副総督執務室。アポイントもなしに飛び込んでいった僕に、秘書の皆さんは驚きつつも流れるように取り次いでくれ、すぐに奥へと通される。さすができる男の部下は違う。
ノックとともに滑り込み、息を切らせている僕を見て、少佐はニヤニヤした。
「どうした、ハモンド、運動不足なんじゃないか。俺が鍛えてやろうか?」
「いえ、結構です。間に合ってます」
社交辞令など吹き飛ばし、率直に辞退させてもらった。ロティで十分だ。いや実際のところ、ロティにだってついていける気がしない。少佐になんてしごかれたら……。
「副総督! そんなことを言いにきたんじゃありません」
「わかってるさ、挨拶だよ、挨拶。で、うちの天才建築殿は、そんなに急いで何を持ってきてくれたのかな?」
「ホテルの代わりになるスペシャルテント案です。被災時にも使える軽量で組み立て容易なもの、けれどいかにもと言ったシンプルなものではない。十分な機能を備えながらも見た目にもインパクトのある特別性です。形は円形で、収容人数は……」
空気力学の原理を応用したドーム型は、正四面体から出来上がっており、最も強度が強くまた最も効率的な構造であると考えられている。そんな、小型機での空輸も可能な大量生産型住居は、換気効率と空間利用に特化し、最小限の資源を使って最大限の効果を上げることが出来るもの。古くからあり、多くの建築家を熱狂させ、そのインスピレーションの源にもなっているプロトタイプだ。
僕はこの手の住宅には早くから興味があった。残念ながら、他の仕事に忙殺されて実現には至っていなかったけれど、構想はもう十分に練ってある。この星では必要ないと思っていたけれど、今まさにそれを使う時だと考えた。もちろん、スロランスフォード流でだ。
冬のキャンピングという新しい波を作り出せるものに押し上げるのだ。それもただのテントではない、ゴージャスなあれこれを搭載した最高の移動式ホテルだ。
スロランスフォードの真ん中には森が広がっているし、次々とアトラクションが増えてきていることもあって、最近ではナーサリーや牧場などがある郊外も人気だ。そんな自然を満喫するキャンプというオプションができれば喜ばれるだろう。
もちろん、夏のキャンプならどこの星にもある。目新しいものではない。だったら何か。そう全天候型、年間を通じて可能なものだ。凍る屋外を、雪を楽しめるテントなんてそうあるものではない。大きな目玉になること間違いなしだ。
あとは資金と全方向からの援護。目の前にいる人ならそれが可能だろうと考えた僕は思わず笑ってしまう。たまらんと言わんばかりに少佐が吹き出した。
「ハモンド、いい顔をするようになったな。そうだ、使えるものは使え。形にならなければ、どんな良案もただの妄想だ。勝ち取るんだよ。切り開く時はな、冒険くらいが丁度いい。失敗なんて気にするな。誰もいない大地に初めて下ろす一歩は快感だぞ」
すぐに集められたアウトドア関係のチームを前に、僕が貯めてきた資料を広げれば、嘘みたいに盛り上がった。建築上の知識はあるけれど、僕には残念ながら経験がない。しかしそれを補って余る大きな熱がそこにはあった。必要なもの、欲しいもの、やってみたいもの。予算制限のない試みが楽しくないわけがない。副総督さまさまだ。最高のものになるだろうと僕は思った。
まずはサンプルを作って展示発表し、当面は既存の資材でシンプルなものを用意する。もちろんシンプルというのは見た目であって、機能設備等は万全だ。最終的にこれらをすべてゴージャスな貸し出し型移動式ホテルへと移行させ、軌道に乗せる。
「間に合いますかね」
「大丈夫ですよ。内戦時、ここでは物資の供給が主な仕事でした。いかに手早く用意するか、その実力はどの分野でも折り紙つきです。資材のストックも多いですし。これなら今すぐ取りかかれます。ハモンドさんが思うよりもずっと多くのものがあっという間に出来上がるはずです!」
「それに、すでにあるものをアレンジすることもできます。移動式ではなく、こちらで設営する形になりますが、この案にそって手を入れれば豪華さも出せます。これならアウトドアの知識や経験がなくても十分に楽しめますから、子ども連れなんかは飛びつくでしょう」
経験豊富な専門家たちの言葉に、僕は舞いあがらんばかりの興奮を感じた。いつの日かと思っていたものが一気に開花したのだ。たまらない快感だった。あとはお願いしますと頼んでオフィスに戻れば、ロティとルカが大聖堂3Dの前で何やら楽しげにしていた。
「お帰りなさい」
「ウィル、いいことあった?」
「ああ、最高の気分だ」
「じゃあ、こっちも頼みますね。ルカの構築したものを見たら、もっとテンションが上がるから」
「ウィル、もっと嬉しくなる」
にこにこと一緒になって笑ってくれる二人に微笑み返して腕をまくる。
「そうか。よ〜し、やるぞ!」
勝負の日まであと9日。
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