10日前、その雪は誰のためのもの
「それでだな、もう一つ仕掛けていこうと思うんだ」
今日も今日とて少佐はご機嫌だ。自分の仕事の上に、総督の仕事、さらにはサプライズの式典のあれこれを一手に引き受けているのだ。時間があるはずがない。睡眠時間だって……。けれどそのエネルギーは絶大で、ダンディーさも失われるどころか威力を増し、僕らの大きな支えとなっていた。
「副総督は特別だから。昔からそうなの。任務が苛烈を極めれば極めるほど生き生きするんだってボスが言ってた。おかげで組んでる相手や所属チームは大変だって。ついていけるのは本当、ボスくらいよ。そんな中に自分を落とし込んで快感だなんて、超ド級のMかと思いきや、あの作戦の数々……あれはいたぶって楽しむ猛獣のそれよね、S以外には見えない。本当、複雑で難解な人だわ」
ロティの口から飛び出す表向きの彼女からは想像できない単語の数々に、さすがに化けの皮が剥がれすぎだろうと、内心ハラハラしながらルカを伺えば、彼はなんとも楽しげな顔をしていた。
自分が繊細だからだろう、ルカは心の機微に聡い。僕たちと一緒に仕事をするときのロティが、いつもとは違うとすぐに理解していたし、そんなロティを逆に好んでくれていた。これはベニーも一緒だ。突出した才能を持つものは特別視され孤独を感じる。だからこそ、同じような相手の気持ちを推し量れるのだろう。
僕は彼女にふさわしい友人ができたことが嬉しくもあり、彼らが自分と同じ性別であることに若干不満もあった。まあ、それは僕の見方であって、この世界には性別を超越した羨ましいほどの愛があふれているわけで……と、そうそう、少佐の悪巧みの話だった。彼は自信たっぷりにこう言ったのだ。
「式典に雪を降らそうと思うんだ」
スロランスフォードの雪は自然のものではない。気温改変に伴って作り出されたもの。量、時間、場所、科学の
常春から一転しての低温。突然の冬導入で、観光客低下を危ぶむ声も聞かれたけれど、蓋を開ければ大成功。誰もがこの予期せぬ雪の日に当たることを願って、冬の観光客は減るどことかうなぎ登りだ。その雪を式典で降らすだって!?
「それ、プチパニックじゃ」
「ああ、そうだな、式典だけでも大騒ぎだろうに、その日が雪ともなれば。だけど、やる」
「「……」」
「俺はやるぞ。さらにな、それは普通の雪じゃない。聖堂内にも降らせるんだ。それも特大で、結晶が目に見えるようなすごいやつだ」
「副総督!」
「無理です! 実際、今の雪だって氷の粒ですよ。結晶かなんてそう簡単には作り出せません」
さすがにロティが悲鳴をあげた。僕も援護する。無茶振りにもほどがある。僕たちは魔法使いじゃないだ。ところがなんとも嬉しそうな声が聞こえた。
「できるよ。ベニー、できる。大学の時見せてもらった」
その言葉に少佐が顎をさすりながら首をかしげる。ご自慢の頭脳がフル回転のようだ。
「そういえばトラヴィスは、夏のリゾートとして有名な星の出身だったな」
「うん。だから憧れてる。コップの中に降らせてた」
意外な告白に僕らは顔を見合わせた。
「一年中見ていたいって、それを作った。でも小さい。だけど綺麗な結晶。だから俺が投射した。乱反射。部屋中に結晶が飛び交って夢みたいだった」
「それだ! それだよ、アルムホルト。なんだなんだぁ〜、お前たち、最高だな!」
ロティが瞬く間に正気に戻った。ファンタジーすぎてついていけない僕を横目にさくさくと動き始める。さすがはDF部隊だ。
「すぐに連絡します。でも間に合うかしら。今、エンジニアリングチームに急ぎの案件はなかったはず……」
「小さくて大丈夫。あとは俺が拡大して飛ばすから」
なんとも心強い発言にロティが微笑んだ。出会ってからたった数日。けれどルカはずいぶん変わった。積極的に意見を言ってくれる。たとえその相手が僕らだけだったとしても、今は、の話だ。次にルカはもっと外に出ていける。確実に強くなっている。というか、誰かと過ごす楽しみを知ってくれた。
「副総督、やっぱりロマンチスト」
「ルカ!」
まさか本人を前に言うとは。前言撤回だ。そうか、ルカは強かったのだ。強すぎてアジャストできなかったのかもしれない。でも、それならそれでいい。さらなるツワモノどもに揉まれて学べばいい。そう思いながら二人を見れば、少佐は腹を抱えて笑っていた。
「アルムホルト。言うじゃねえか、そうさ、男はロマンを追わねーとな。とことん極めて好きなやつを泣かせるなんぞお前、たまらねえよな」
「やっぱりSね……」
「ロティ!」
半眼でつぶやくロティと慌てる僕など気にもとめず、少佐は話し始めた。
「リックとフェルが初めて氷河を見た日、フェルは雪と氷の美しさに驚愕してた。あいつの故郷、あったかいだろう。そんなもん、見たことなかったのさ」
頷く僕たちに、それはそれは優しい微笑みを見せた。
「初めて見る美しいものが一番大切な相手とでよかったって、フェルは思ったんだよ。その時のことは何度も何度も聞かされた。それがな、不思議なことに煩わしくないんだよ、羨ましいばっかりで。きっと、フェルがものすごく純粋だったからだろうな。だからあいつの感動を、俺たちも素直に感じることができたのさ」
少佐が遠くを見るように目を細めた。それからこほんと小さな咳をして口を開けば、それは憎たらしいほどに悪ガキ風な声だった。
「リックにしてみれば、雪なんぞ当たり前だったけど、あいつはそれから冬を大事に思うようになった。今回の温度改変ももしかしたら、あいつには願ったり叶ったりのことだったかもしれないぞ。星のためとか言いながら、本当は自分の欲求だったかもしれん」
あっという間にいつもの不遜な態度に戻った少佐はそう言うとニヤリと笑った。全くもって食えない狸親父だ。しかし内戦時、前線で戦い続けたボス率いるDF部隊の結束がいかに固かったか、互いの信頼がどれほど深かったかを伺わすエピソードに僕は密かに感動していた。きっとロティも一緒だろう。総督のことが大好きなベニーなら泣いていたかもしれない。と、ルカが体を震わせていた。かすかに紅潮した頬をあげ、いつになくきっぱりとした声を響かせる。
「……特別な雪、降らせるから」
「ああ、頼んだぞ、アルムホルト。トラヴィスにもよろしく言ってくれ。うん、いいぞ。語り継がれる瞬間にしようじゃないか」
花と歌声に満たされた幻の大聖堂の中に、目を疑うような雪が降る。……信じられないような演出。誰もがきっと心揺さぶられるだろう。その場に居あわせた幸運な者たちは、生涯それを忘れることができないんじゃないだろうか。
仕事ではあるけれど、もっと言えば自分たちがそれを仕掛けるわけだけど、そこに自分がいることが、大事なロティが、尊敬する人たちが、信頼できる友人たちがいることが、僕は嬉しくてたまらなかった。
勝負の日まであと10日。
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