11日前 怒涛の流れ、寄り添う気持ち

「こういうのはな、特許と同じで早い者勝ちなんだ。いかに早く宣言するか。他の星に取られる前にな」

「でも副総督。これは固有種だと博士もおっしゃっていますし、十分に調査してか」

「却下。鉄は熱いうちに打て! けしかけろ! いいか、主導権を取るのさ。先手必勝、強烈パンチ。一発KOが俺の好みだ」


 少佐がそれはそれは嬉しそうに言った。すでに脳内では綿密な計画が進行しているのだろう。言い方が言い方なので「ただの思いつきでは?」と疑ってしまいそうになるけれど、少佐がこんな風に素で断言するときはもう最終段階なのだ。勝算あっての物言い。僕らには見えないことが見えている。そのすごさをまざまざと感じるばかりだ。


 すぐに緊急会議の召集がかかった。銀河会議の合間を縫ってもちろん総督も出席する。けれど実際のところ、これは形ばかりのものだ。総督の口から最終決定を聞き、全権を委任された副総督が始まりの合図を出すためのもの。そうやって総督府が本格的に動き始めるというわけだ。

 昨日の今日だというのに、少佐の手には必要な書類が束になって握られていた。新しい名前、ロゴ、キャッチフレーズ等に関する数々だ。

 スロランスフォードのすごさはとにかく仕事が早いこと。この街に集う天才が、その能力を最大級で放出してしのぎを削る。出し惜しみなど一切無しのスピード勝負。できるやつは山のようにいる。だからいかに早く美しく、それを形にできるか。スロランスフォードが最先端であり続けるのは、立ち止まることを知らないからだ。

 もちろん、じっくりと攻める作戦に打って出ることもある。臨機応変、しなやかでしたたか。いかに駆け引きするか、どんなタイミングで仕掛けるか、スロランスフォードのあり方は、まさに副総督の存在そのものだといっても過言ではないのだ。

 総督の留守にこんな大仕事、大変だろうと思う人たちがいるかもしれないけれどそうではない。たとえ総督がいたとしても、こういう案件を引っ張っていくのは常に副総督だ。総督決裁は名ばかりで、それが必要ない今、少佐の行動力はいつもにも増してめざましいものがあった。


「たまにはこういうのもいいな、展開が早くてなかなか面白いじゃないか」

「こっちはついていくのに必死ですよ。副総督が頭だと死人が出ます」

「心配するな。たまにやるから面白い。こんなもの、俺だって毎日やりたくねえよ。そんなもんはまとめてリックに丸投げだ!」


 さあ、あとはリックに選ばすだけだと少佐はご機嫌だった。僕もドキドキしていた。この式典が語り継がれる何かになることは間違いないだろう。


「いいか、情報はギリギリまで伏せろ。引きつけて、インパクトを最大の状態まで持っていくんだ。そして、史上稀に見るものとの抱き合わせで公開。どうだ、これ以上の宣伝があるか? さらに、それが総督の生誕祭も兼ねているのだとわかったら、盛り上がること間違いなしだ。もちろんその全てを、銀河に向けて中継する」


 めまいがしそうだった。なんという展開。息つく暇もないほどの早業だ。そしてそのどれもが超一級。手抜きなんてありえない。少佐を筆頭に、スロランスフォードが抱える天才層の厚さを僕は思い知った。


「ハモンド! ここまで揃ったら、オペラハウスを超えるものを作らないと銀河中に笑われるぞ」


 痛いところをついてくる。そんなことは百も承知だが、僕だって言いたいことはある。


「……副総督、1ヶ月でそれってどうなんです。いやもう2週間もないんですが」

「大丈夫。ウィル、俺がいる」


 思わぬ声にはっと振り返る。少佐がニヤリと笑った。


「アルムホルトの方がずっと肝が座ってる」

「いや……それは。僕だって、覚悟は決めてますよ。やりますよ。絶対やってみせる!」

「ああ、その調子だ。頼んだぞ、二人とも」


 少佐が足取りも軽く退出した後、ロティがぼそりと呟いた。


「こんなに盛り上がっちゃうと、そう簡単に引退できないわね、ボス」

「え? 引退?」

「したいかもって時々言うのよね……」

「その場合、副総督が総督?」

「まあね、そういう順番、あああああああ!」


 ルカの言葉に何気なく答えていた僕は気が付いた。ロティも首を振っている。同じことを思ったようだ。


「そう言うことね。引退させる気なんてないのよ。最後の最後まで総督を立てて、自分も一緒に引退する気だわ」

「影の黒幕……」

 

 まさにの一言を発したルカに僕らは顔を引きつらせる。一番面倒な相手、始末に負えない曲者。それはまさに副総督そのものだった。



 その日の会議で花の名前が決定した。フィリス・リック。フィリスとは、古いスロランスフォードの言葉で雪花のこと。雪が当たり前だった頃に使われていたものだ。それに総督の愛称を結びつける。再び雪を運んできた総督に捧げられるものとして、これ以上ない言葉だろうと満場一致だった。


 続いてその花をモチーフにしたロゴが決まる。少佐の言った通り、候補の中から総督が選んで、それが最終決定になったわけだけど、本当に素晴らしいものだった。5枚の花弁の中に輝く冠を入れたもの。なんとも高貴で愛らしい。色はもちろん白。氷河の白だ。こんなものをよくもまあ1日で考えたものだとあっけにとられる。

 最後に、少佐がキャッチコピーを堂々と発表。『あなたを作る。何ものにも染まらず、けれど全てを受け入れ、それは無限の可能性』割れんばかりの拍手と歓声が会議ホールを揺らした。


「副総督はロマンチスト……」

「ルカ、鋭いね。そうなんだ、あの人はああ見えて涙もろいし、何よりも綺麗なものが好きなんだよ」

「俺と一緒」


 嬉しそうなルカの後ろ姿を見て、僕はこのミッションが終わっても彼を総督府に留め置くべきだと思った。いや、僕がいうまでもなく、少佐がきっとすでにきっちり根回ししていることだろう。それはルカを一目見たときから決まっていたんじゃないだろうかと僕は思った。

 とんでもなくワクワクした。ルカが稀代の天才でよかった。誰もが持て余してくれて本当に良かった。この街はきっとルカによく似合う。そしてここでルカの才能はもっともっと開花するはずだ。

 会議終了後、僕はルカと二人、大聖堂の最終チェックを始めた。角度、厚み、輝き、色、揺れ、やればやるほど楽しくて、やればやるほど欲が出て、際限がない。僕らが取り憑かれたように励んでいるとロティがお茶を入れてくれた。


「もっとなんだよなあ。もっとできるはずなんだ」

「ウィル……完成しなくていいんじゃない? 完璧すぎる何かより、余白みたいなものがあったら方が、ドキドキするような気がする」

「え?」

「素人の意見でごめんなさい。でも……」

「ロティさん。俺、わかる。遠ざかってはダメ」


 はっとした僕がロティに頷きかければ、彼女は安堵の表情を見せて続けた。


「万人が納得するものなんてないと思うの。だったら入り込める余地があった方がいい。期待できる何かがあるって、心くすぐられるわ」

「この先も拡張する何か……」

「ええ、これだけのものなのよ、これっきりなんてもったいない」

「確かに。今回の中継を見て、多くの人たちが押し寄せるだろうしね」


 僕はリラックスしていく自分を感じた。肩に力が入っていたかもしれない。完璧なものを目指す、それはプロなら当たり前だ。しかしあえてそこに「委ねる何か」を作るのだ。あの聖堂の柱と一緒。そしてそれこそが、あの日願った持続可能な建築の姿なのだと深く納得した。

 

 勝負の日まであと11日。

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