12日前 密談は続くよどこまでも

 翌日、僕のオフィスでミーティングが行われた。植木鉢を持ったジョンソン博士を囲む、僕、ロティ、ルカ。そして最後に少佐が滑り込んできた。


「これか……」

「ええ、副総督。さすがに私も驚きました。まさかここへきて新品種とか。冬ですよ、冬」

「う〜ん、素人目にも普通じゃない感じがひしひしとするな」

「これはですね……」


 博士が花について説明を始めた。花咲く時期は春や夏が多いけれど、自然界は広い、冬に開花するものだってあるのだ。これもまたその一つで、晩秋から早春までの長い開花期間を持つらしい。温度がある程度下がらないと蕾が生まれない変わり種。それゆえ驚くほど耐寒性があり、多少の雪など問題ない。よっぽどのことがない限り凍結もしないのだ。


「こんなに薄い花びらなのに凍らないとか、すごいなあ……」


 普通の花なら霜が降りただけでくしゃくしゃになってしまうだろうけれど、この花はそんな温度になればなるほど勢いが旺盛になる。博士が発見してからの数週間、つきっきりでデータを集めた結果わかったことだ。それにしても短時間でずいぶんと資料が集まっている。違和感を感じ僕は思い切って尋ねてみた。


「博士……これって、本当に新しいものなのですか? 既存のものの突然変異とか?」


 大きく目を見開いた博士は、けれどすぐにとても嬉しそうな顔をした。


「ハモンドさん、リサーチ力の高い方はさすがに敏感ですね。そうです、これは文献上では新品種とは言えません。非常に似通った描写がいくつもあるんです。けれどいかんせん、それらは物語的なもので育成記録などではありませんから、果たして実在したかどうかという確証には至らないわけです。私個人としては、これはあの蛾と一緒。かつてのスロランスフォードにあったもの。古来種、固定種ではないかと思っています。温暖化で絶滅しかけていた。だから長い間、我々の目には触れなかった。温度変更の決定が、ギリギリのところでこの花を救ったんです」


 ほおっとロティが息を吐き出した。冬を作り出す提案は、僕らが願った自然回帰。蛾だけではなく、きっと幅広く作用していくだろうと博士がおっしゃっていたことを思い出す。他にももっとあるかもしれない。あったらいいのにロティと僕は想像を膨らませていたのだ。それがこういう形になって現れるとは……。

 僕が感動しつつロティを見やれば、彼女は胸の前で指を組んで瞳を潤ませていた。気持ちに表情が直結している。好奇心が全開で前のめりだ。それは表では決して見ることのない、かなりレアなロティ。彼女は博士をとても尊敬しているので、博士の前では僕らに見せるのとはまた違った「らしさ」を見せるのだ。僕はその様子にさらに感動しつつ、博士に質問する。


「名前はあるんですか?」

「う〜ん、きっとあったとは思いますが、どうにもそれは見つけられないのですよ。雪の中で咲く花という表記、その姿形はしっかりと残されているんですけどね。ただ絵は描かれていない。これは残念でしたね。あればねえ……。でも人が作り出したものではなさそうだ。野草に分類されていました。きっと森の中にでも群生していたのでしょうね」

「群生……、絶滅しかけた野生の群生……ウィル!」

「うん、ヴェッラ・デ・ラ・マロネリオンみたいだ」


 僕らが感無量で頷き合えば、少佐が相好を崩した。


「そうか! それは最高だな……リックが喜ぶな。そう思わないか? シャーロット」

「ええ、きっと。それにこの展開は、ヴェッラ・デ・ラ・マロネリオンの再生をも期待させますね」

「マローネはリックにとって大切な花だが、あれはフェルのものだ。だけどこれならリックのものにできる……」

「え? まさか……」

「ああ、そのまさかだ!」


 少佐とシャーロットの会話に僕は息を飲む。少佐がジョンソン博士に向き直った。


「博士、どうです。新しく名前をつけませんか? これは私たちがこの星と向き合って手に入れたものだ。新しい象徴だと言っても過言ではないですよね」

「「副総督!」」


 思わず僕もロティも声をあげた。簡単に決めていいものではない。けれど少佐は、留守を預かる最高位を納得させる堂々とした態度で言い切った。それは確固たる「決定」だった。


「博士、お願いできますかな?」

「ええ、もちろんです、副総督。喜んで」


 その迷いのない一言に、僕らは鉢植えの一輪を囲んだ。真っ白な八重の花弁。中にはびっしりと雄しべが並んでいて、花粉がキラキラと輝き星空のようだ。色は白一色だけれど、とんでもなく華やかな花だった。


「正確にはこの花びらに見える部分はガクなんです。花はね、ほらここに小さなものがあるでしょ、これです。退化したんです。けれどこれだけ美しいものを作り上げた。それも最強のね。開花期間も長く、環境の変化にも柔軟に対応できるのも当然です。無敵の鎧に幾重にも包み込まれているようなものですからね」

「おいおい、目立つ上に無敵とか……」

「ボスみたい……」


 少佐が口元を押さえて肩を震わせ、ロティが苦笑まじりにそう漏らす。僕とルカは顔を見合わせた。全くこの二人ときたら。褒めているのかけなしているのか、DF部隊の大佐愛というのはなんとも明後日の方向に展開するらしい。しかし博士ははたと膝を打った。


「いいですね! それだ。この花を作り出せたのは総督の英断。雪を降らせるまでに気温を下げる。あれがなければなかった話ですから。全責任は俺が取ると、会議を推し進めてくださった。言ってしまえば、これは総督が生んだ花ですよ。その上総督に似ているとなれば……、これはもう、総督の名前をつけずにはいられませんね!」

「博士! それは最高ですな。実は……」


 少佐が切り出した言葉に、僕らは今度こそ度肝を抜かれた。さすが稀代の策士。使えるものは全て使う男。そしてその決断の早いこと的確なこと。こんな人が副総督なのだ。スロランスフォードの強さは銀河一だと言っても間違いない。

 こうして、博士さえもこのミッションに巻き込まれることとなった。しかし彼もまた総督が大好きな一人。着任以来、総督は自ら環境問題に意見を出し、多くの予算を博士たち生態系調査チームに割り当ててきた。特別なトレーラーや研究室を用意し、博士の講演会には時間の許す限り足を運んでいる。自然を敬うことは、人として生きるために一番必要なこと、総督はそう言ってはばからない。


「銀河中がきっと感動しますよ。見れば見るほど総督らしい、素晴らしい花です」


 博士の言葉に皆が笑顔になる中、ルカが囁くように言った。その目は、透き通るように薄く、けれど無敵な鎧である花びらもどきに注がれている。


「本当にすごい花だと思う。この花びらみたいな部分に光を当てて、こんな風に屈折させると……」


 ルカが手にした何かから光線を出せば、その行方を追ったみんなの口から声にならないため息がこぼれ落ちた。少佐が天を仰いで首を振った。


「……これはまたすごいサプライズだな」


 勝負の日まであと12日。




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