13日前 最高のパートナーと作る未来

「本当ですか! 行きます。今すぐ行きます!」


 通話を切ったロティが珍しく慌てた風に口を開く。


「ウィル、ルカ。ごめんなさい、ちょっと出てきます。詳しいことは帰ってきたら話すわね。悪いことではないから大丈夫」


 そう言うが早いか風のように出て行った。


「ロティさん、もしかしてものすごく身体能力が高い?」

「え? ああ。うん、そうなんだ。でもどうして?」

「舞台でたくさん人を見てるから。できる人はすぐわかる。かなり鍛えてあるね」

「すごいな。分かる人にはわかるんだ。でも本人、必死で隠してるからね。そっとしておいてあげて」

「強いのが嫌い?」

「いや、なんていうか……儚いのに憧れてるんだってさ」

「ふーん」


 ルカは納得のいかない顔をしている。僕は聞いてみたくなった。


「ルカはどう思う?」

「ロティさんが強いこと?」

「ああ」


 顎に手を当ててルカは首を傾げた。長い前髪の間から見える瞳は黒に近い青。ロティと同じくらい白い肌とさらりとした藍色の髪の対比が美しい。ものすごく中性的で、まさに儚いを絵に描いたようなタイプだ。


「儚いって……ただ弱いのは好きじゃない。繊細なら、いい。ロティさんは繊細。ものすごく強いのにものすごく繊細。素敵だと思う」


 僕はなんだか胸がいっぱいになった。


「ルカ……、ロティを育てた総督はね、やっぱりそんな人なんだよ。軍神みたいにすごい体だし、口も悪いけど……誰よりも優しいんだ」

「俺たち、その人のために作ってるんだよね」

「ああ」

「いいもの作りたいね」

「……ああ」


 何枚ものラフを元に構築中だった大聖堂のイメージが、ルカのおかげで平面から離れ空間に立ち上がっていく。ルカが、ホログラムのミニチュア版をあっという間にオフィスの丸テーブルの上に作ってくれたのだ。ひどく興奮した。僕だって模型を作るけれど、ルカのそれはもう、一つの作品として見せてもおかしくないほどのクオリティだったのだ。だけどルカは首を振った。


「……こんなものメモ程度。ここからが本番」


 僕はルカと巡り合ったことに心から感謝せずにはいられなかった。こんな夢のようなチーム、凄すぎる。

 それに、ルカはロティのことを繊細だと言ってくれたけれど、ルカもまた繊細な人だと思った。相手をよく見ている。観察力がずば抜けていた。イメージが先行しすぎて、僕がうまく言葉で説明できない時、手元にある資料や模型から言わんとすることを読み取ってくれるのだ。

 だからついつい甘えてしまう。ホログラムの理解があまりにも少なすぎて申し訳ないと思いながらも、建築家としてのプライドをかけて僕は強気であれこれ提案した。無理難題を押し付けている自覚はある。でも「ごめん」と言いながらも引く気はなかった。けれどそんな時、ルカは決まってうっすらと笑いながら言うのだ。


「いいね。それ、やりたい」


 ルカの探究心というか欲求は凄まじかった。それでいてものすごく純粋なのだ。そんな姿勢に刺激を受けずにはいられなかった。どんなこともやってみなければ分からないのだと再認識しまくりだった。さらに、そんな僕にルカは言ってくれた。


「ウィルとだから、できる。俺もすごく嬉しい」


 胸がかっと熱くなった。分野を超えて、ルカとなら想像もしなかったような何かができるんじゃないかと思った。新しい建築。何百年先にも人の気持ちに寄り添えるような……。中尉の聖堂で想像した未来が近づいてくるような気がした。

 そうして僕らが熱気に満ちた午後を過ごしていると少佐がやってきた。


「ああ、気にするな。そのまま続けろ。ちょっと様子を見にきただけだ」


 一区切りついたところで、黙って作業を見学していた少佐に経過報告をする。少佐は満足そうに頷いた後、ルカを振り返った。


「ルカ・アルムホルトか。トラヴィスの親友なんだって? 少々線は細いが肝は座ってるな。いい面構えだ。よかったな、ハモンド、いいチームじゃないか」


 少佐が、初対面のルカにいつもの完璧なポーズを見せないことに驚かされる。けれど人を見る目は誰よりも確かな人だ。ルカが僕にとって最高のパートナーだという証のような気がして嬉しくなった。さらに、少佐が帰った後のルカの一言が良かった。僕はついに声をあげて笑った。


「あれがロティさんの言う狸? でも俺、あの人のこと嫌いじゃない」


 見た目が全く違う二人がこうして心を通じあわせている。少佐とルカだけじゃない。このミッションに関わっている人たちはみんなそうだ。誰もが自分を持っていて個性的。だけど互いを認め合い、同じ方向を向いている。だからこのプロジェクトは成功するんだ。僕にはそう思えた。ミッションはいよいよ大詰めで僕らはギリギリのところで戦っているといっても過言ではなかったけれど、そんな想いにやる気は満ちるばかりだ。

 やがてロティが帰ってきた。それも、ものすごい情報とともに。


「聞いて。蛾の森に花が咲いてるの。新品種よ! それも白い花。冬の気温が下がったことで起きた現象みたい」

「白い花、それって……」

「ええ、実際に見てきたわ。ぴったりなのよ、ウィル。雰囲気も量も。聖堂のための最後の10%はあの花で決まりよ!」


 ロティがそう言いながら撮ってきた映像を見せてくれた。僕はため息しかなかった。なんて綺麗なんだろう。それも驚くほどたくさん咲いている。脇から覗き込んだルカも心なしか頬を紅潮させていた。


「ロティさん、これ……」

「ええ、すごいでしょ」

「うん、こんなの初めて見た。綺麗。これは装飾だけ? ううん、もっと使える。この花びらの薄さ……ドキドキする」

「え?」

「俺、いいこと思いついた。任せて」


 ルカがいつになく笑っていた。その貴重な笑顔に驚きつつも、僕らは一緒になって破顔した。大聖堂の形がさらなる広がりを見せ始めているのだ。僕だけでは結びつかなったものが、大きく花開いていく。


 勝負の日まであと13日。



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