14日前 神の思し召しとはまさに
スロランスフォードへ帰ってきた僕らは、翌日から休む間もなく行動を開始した。
まずは装飾担当チームと花の種類にマッチした聖歌隊の衣装決めだ。簡単なローブだけど、宗派に合わせて少しずつ雰囲気を変えながら、全て白に統一する。中尉の聖堂の聖歌隊には一番シンプルなものを。けれど、その裾にはマローネの刺繍をお願いした。
続いて伴奏等の手配。基本、聖歌隊とともに来るけれど、式典なので少し華やかさを加えるつもりだった。これはオペラハウス専属のメンバーたちが名乗り上げてくれた。パイプオルガンだってあるし、問題なしだ。
「いいか、お前たちはリックが腰を抜かすような聖堂作りに集中しろ」
出演者やスタッフ、なんやかんやと大人数になる。そんな彼らの滞在中のあれこれに関しては、少佐のオフィススタッフが抜かりなく整えてくれることになった。ありがたい。
少佐にお礼を言って部屋を出た僕とロティは、少し早めのランチを取ることにした。買って帰って部屋で食べても良かったけれど、朝からずっと詰めっぱなしだ、外で息抜きするのも悪くないだろう。忙しいと食事なんかなんでもいいかと思ってしまうけれど、ロティと一緒だとこうも気分が違うものなのか。こういう時だからこそ、気分転換も兼ねて素敵なレストランに行くのもいいかもしれないと、オーガニックの薬膳ランチが最近話題の店を選んだ。予約なしになるけれど、早い時間だからどうにかなるだろう。
と、総督府の玄関を出たところで、隣を歩くロティが珍しく大きな声をあげた。
「トラヴィスさん、トラヴィスさあ〜ん!」
少し先の歩道を歩いていた大柄な男性が振り返り、僕らを見て破顔した。
「オーウェンさん! お久しぶりです。元気でしたか? そちらは……ああ、噂のハモンドさんですね? システム開発部のベンジャミン・トラヴィスです」
「もう、トラヴィスさんたら……。ええ、そうです。こちらが『噂の』建築家、ウィルフレッド・アーチャー・ハモンドさんです」
苦虫を噛み潰したようなロティに大笑いするトラヴィスさん。狸親父たちからあれこれ聞かされていることは間違いなさそうだ。
「ロティ、堅苦しい挨拶はいいよ。トラヴィスさん、僕のことはウィルと呼んでください」
「ありがとう。じゃあ、僕のこともベニーで」
「ああ、ベニー、よろしく」
先の一件でロティたちとともに大活躍だったのが彼の所属するエンジニアリングチームだ。ベニーはそのチーフ。天才の集合体だとは聞いていたけれど、なんだかとても気さくな感じで安心する。
「あの、トラヴィスさん、そちらの方は?」
「ああ、僕の親友。ほら、来いよ、ルカ。こいつ人見知りがすごくて」
大柄なベニーの後ろから出てきた少年のような友人に、どうかなと思いつつ、僕とロティはそっと手を差し出した。と、あっけなくその手は握り返された。
「……ルカ・アルムホルト。ルカって呼んで」
「おいおい、まじかよ。びっくりだよ。ルカ、ウィルのことが気に入った?」
こくんと頷くルカ。そして彼は僕らに向き直り、こう言った。
「……オーウェンさんはオーウェンさん?」
「へ?」
ベニーが素っ頓狂な声をあげた。ルカが初対面の相手にこんな風に口を聞くのは珍しいのだろう。しかしさすがはロティだ。間髪入れず、それも笑顔を絶やすことなく柔らかな声で答えた。
「じゃあ、ロティで」
「……ロティさん」
「はい」
「いいなあ。じゃあ俺も。いいよな、ウィル」
「ああ、もちろんさ」
ロティも彼らのことをベニー、ルカと呼ぶことになり、場は一気に和んだ。
「ところで、二人はもしかしてランチ?」
「ああ、ちょっと早いんだけど。あれ、そっちも?」
ベニーの問いに何気なく答えれば、彼は嬉しそうな顔をした。
「うん、ルカが休職中だから呼び寄せたんだ。暇ならランチにでも付き合えってね。放っておくとこいつ、ロクでもないものばかりだから。スロランスフォードにも来たことがなかったし、ここはひとつ、うまいもの食わせてやろうって」
それでここを予約した、と取り出したカードを見てロティが目を丸くする。
「ん? 知ってた? 行ったことある?」
「いや、今から行こうと思ってたんだ」
僕が言えば、今度こそベニーは爆笑した。人見知りで食の細いルカがゆったり過ごせるようにと、4人用の個室を予約してあったのだ。これはもう一緒に行くしかないと僕らは歩き始めた。
「ルカは大学の同期なんだ。こいつは光学専門」
「光学?」
ロティの目がキラリと光った。
「うん、光学。首席だったんだよ、こいつ。それで卒業後は有名な舞台のセッティングとかライティングとか結構やってたんだけど、好きがこじれていつも周りが理解できないような提案をするんだ。だけど結局それらは叶わずで、仕事自体は成功なんだけど、個人的にはストレスが溜まりに溜まってついに休職。天才って辛いな。理解してやる奴がいないと、やっぱり……はあ?」
ベニーの声にその視線を追えば、ロティがルカの手をしっかと握っていた。いつものはずがしがりやな彼女はどこへ行った。それは、ロティがアイスプリンセスの仮面を放り投げて微笑んだ瞬間だった。瞳をキラキラさせて、まるで宝物を見つけた少女のようだ。
「ベニー、ルカ。私たち友達だよね。ちょっと悪い相談にのって欲しいんだけど……」
それから小一時間。僕らは夢中で語り合った。総督のことも少佐のこともよく知っているベニーは一も二もなくこの提案に乗った。自分にできることは少ないかもしれないけど、後方支援は任せろと。
そして、今回の信じられないようなお宝はルカだ。オペラハウスいっぱいのホログラム、これを一体どうしようかと悩んでいた僕にとって彼はまさに救世主だった。
僕がざっと内容を説明すれば、ルカの顔つきが変わった。それを見てベニーがくすくす笑い始める。
「これは面白いことになるな。大学の時にもかなり楽しませてくれたけど、いよいよそれが仕事か」
「これ、いろいろやれるけど……」
「ああ、予算のことなら心配ないよ。副総督が来季分まで引っ張ってきてくれるから」
呆れたはずの少佐の一言が、今や燦然と輝いていた。
「よし、総督府の中に急ぎルカの部屋を作ろう」
その声にルカがすかさず立ち上がる。表情はそれほど変わらないけれど、どうやらウズウズしているようだ。
「行こう。部屋は狭くていい。時間が重要。今すぐ始めたい」
「じゃあ、ウィルのオフィスでいいじゃない。スペースはあるもの」
話がトントン拍子で進む中、ふとベニーが言った。
「ルカ、おまえ滞在許可ちゃんと取ってきたのか? まさか数日とか言わないだろうな?」
「……無期限」
「「「!」」」
これはもう神の思し召しだなあなんていうベニーに僕は笑った。少佐の言葉が蘇る。引き寄せる、か。そうだな、望むこと、信じること。それがこういう風に繋がっていくのかもしれない。
あと2週間だとどこかで心細く思っていたけれど、まさかまさかの展開だ。同じオフィスだからロティとはあれこれできなくなるけれど、こんな頼もしい仲間が増えたのだから、煩悩とはしばしお別れだ。僕は大きく頷き、総督府に向かって足を早めた。
勝負の日まであと14日。
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