17日前 出発は大いなる始まりの予感
「ということでロティ。カスターグナーに行こう、二人で」
嬉しくてたまらない僕が、笑顔でそう言うとロティは固まった。それからギギギギギと音がしそうな動きで首を傾げ、笑顔を貼り付けてとんでもなくよそ行きの声を出す。
「それは、仕事ですよね?」
「え?」
少佐だけだから問題ないと思っていたのに、どうしたというのだ。怒っているのか。ふざけたことを言おうものなら、即座に拒否されそうな雰囲気だ。ロティは、少佐の方をチラチラと盗み見ては唇を噛み締めている。
(ああっ、そういうことか。少佐だからダメだったのか……)
どうやら彼女的には、身内がいる場所でする話ではなかったようだ。やり方を間違った、まずいことになりそうだと僕が慌てる横で、しかし少佐はケロリとしていた。他には誰もいないというのに、ずいぶんとダンディーな副総督寄りの態度を崩さない。
(これは……そうか、上司特権を使うんだな。ありがたい。感謝します、少佐)
「そうだ、オーウェンチーフ。仕事だ。申し訳ないがあれこれ詰まってるからな、最短最速で頼むぞ」
「もちろんです、副総督。なるべく早くいい結果を持ち帰ります」
ロティが、これまた公共の場にいるようにそつなく答える。冷やかされようものなら切り捨てただろうけれど、真面目な顔で仕事だと言われれば、彼女もプロだ。即座に気持ちは切り替わる。
(すごいな、少佐。的確にポイントを突いてくる。だけど……)
そう、僕的には面白くなかった。せっかく二人で行くのに何とも味気ない。ここにこぎつけるのにかなり頑張ったのだ。彼女にも喜んで欲しかった。まあ、でもそこで私的なことが最優先されるようでは、まだまだだということかもしれない。僕は密かにため息を飲み込んだ。
今回のカスターグナー行きはかなり重要な案件だ。例の聖堂聖歌隊への出演依頼。情報もない相手にどうアプローチするか。もちろん根回しなどできるはずもなく、突然押しかけた上での交渉。かなりのスキルが必要となるだろう。それでも絶対に成功させたいと、気を揉む僕に少佐は平然と言ってのけた。
「シャーロットを行かせればいい」
それはもう、公園管理事務所のオーウェンの仕事というより、DF部隊オーウェンの特別任務という感じだった。今や少佐仕込みの諜報能力をも兼ね備えたロティにとって、腕試しだと言えるものなのかもしれない。だから少佐は無情にも、僕が行く必要はないとまで言ったのだ。けれど、そこは譲れない。僕はきっぱりと首を振った。
「いえ。僕も行きます。大聖堂を完璧なものにするためには本物を体感するのが一番です。特に情報が少ない聖堂ですから。僕の中に全てを詰め込んできますよ。この出張にミッションの成功がかかっていると言っても過言ではないんです、副総督」
下心がないと言ったら嘘になる。けれど目的や熱意も本当だ。留守にする数日間で、やらなきゃいけないことが恐ろしく膨れ上がったとしても、これだけはやるんだと僕は覚悟を決めていた。いつになく真剣な顔をしていたと思う。少佐はそんな僕を見てニヤリとした。
「言うようになったじゃないかハモンド、いいぞ、その調子だ。よし、行ってこい!」
「ああ……はい、ありがとうございます」
なんだか拍子抜けしてしまった。渋られるかと思っていたのに、なぜか大きな声で励まされている。少佐はどうやらご機嫌なようだ。そしてその疑問はすぐに解けた。カスターグナーに向かう艦船の中でロティが種明かしをしてくれた。
「あなたはいい子すぎて、もっと我を通せばいいんだって、いつも思ってるんですって」
「はあ……」
確かに「自信を持て、もっと強引になれ」と総督にも言われている。自分ではわがままかと思うようなことも、もしそれだけは譲れないと感じたら、まずは言ってみる。立ち上がらなければ次の一歩はない、そういうことなのだと僕は納得した。
カスターグナーまで14時間の旅。艦船の特別ブース、半個室になったテーブルの上に、僕は持ち込んだあれこれを広げる。大聖堂の仕組みはもう最終段階だ。帰ってから専門チームと打ち合わせに入る。今はその素材をいかに完成させるかに余念がなかった。どこにもないもの、僕らしいもの、今回の聖堂での体験は大きなものになるだろうと思った。
それと同時に、その空間が僕の目指すものになるためには、聖歌隊の歌声が絶対に必要だ。誕生日の総督に贈るものとして、これほどふさわしいものはないだろう。実際にその歌声を聞いたことはなかったけれど、それなくして成功はないのだと確信していた。
外界との接触を極力避けている聖堂はどれほど田舎にあるのか。まさか門外不出の骨董品のような時間に支配されているのではないだろうかと、良からぬ想像もしたけれど、とにかく僕らの熱意を伝えるしかない。
何が何でも約束を取り付けたい。総督のために作り上げた銀河一の大聖堂に響く歌声、その最後の旋律がフェルナンド中尉が愛した歌だったら……。もしかしたら総督は泣くかもしれないなと僕は想像した。そこはにやけるところだ。けれどなぜか、無性に自分が泣きたくなってしまった。胸に迫るものがあった。
「どうしたの、ウィル?」
心配そうなロティの言葉に、はっと我に返る。
「いや、なんでもないよ。聖歌隊の歌声、楽しみだね」
「ええ。根拠なんてないんだけど、私思うの。今回ばかりは駆け引きじゃないって。まっすぐに向き合って伝えないとって。そうしたら、きっとわかってもらえるような気がする……」
「うん、そうだね、きっと、そうだ」
その言葉はあまりにも純真で、なんだかロティが気高い聖母のように見えてきた。胸がいっぱいだった僕は、そっとロティの手を握って引き寄せ、思わずそこに口付けた。無意識だった。ロティがはっとして、その手を見た瞬間、やってしまったかと内心青ざめたけれど、握った手が振りほどかれることはなかった。彼女の耳がほんのりと色づいていた。たまらなく幸せな気分だった。何一つ約束されたことなどなかったけれど、僕らの旅はきっと価値あるものになるだろうと、そんな予感に僕は身を震わせた。
勝負の日まであと17日。
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