18日前 対総督バリアの発動

 朝一で、ロティがメッセージを送ってきた。午後は総督と出かけるため、今日はアシスタントに来られない。オペラハウスでの新作上演会。どうやら最近の僕らについて、総督に探りを入れられたらしく、ご機嫌伺いを兼ねているようだ。

 いい機会だから改めて会場の大きさをチェックしてくる、とあったけれど、「娘」との外出に浮かれる総督が相手ではそんなことをしている暇はないだろう。「楽しんできて」の後に「あんまり無理をして怪しまれないように」と返事に書き足した。

 総督は少佐以上に鼻が利くのだとDF部隊の人たちが話していたことを思い出す。そうだ、あれだけの人が気づかないわけがないのだ。今は大目に見てくれているだけかもしれない。僕はだんだん不安になってきた。大丈夫なのか、これ。本当にやり遂げられるのか。


 その時、猛烈なノックの音が響いた。着任して以来そんな風に叩かれたことはないからちょっと驚いた。いったい誰だ何が起こった、と考える暇もなく、ドアが開け放たれ誰かが大股に入ってきた。

 少佐だった。いつもとは全く違う粗雑さにこれまた驚く。しかし、ニヤニヤ笑ってる顔を見て、僕は少佐の悪ガキモードが発動していることに気づいた。


「リック、もう行ったみたいだな。よ〜し、やるか! シャーロットに頑張ってもらっているうちに足場を固めるぞ!」


 ダンディーな副総督はどこへ行ったのか。その顔の悪いこと悪いこと。もうこれは悪戯いたずらを成功させようと張り切っている悪ガキ以外の何者にも見えない。


「これでやっと時間が稼げる。いやあ、ああは言ったものな、まだ式典の名目が決まらなくて、リックの追撃をかわすのに必死だったんだよ。ところがだ! ちょうどいいものが舞い込んできた」


 少佐が美しいレターヘッドの便せんをぴらりと広げて見せた。


「招待状だ」

「招待状?」

「ああ。銀河会議のな。このあいだのマローネ3の事も発表される。資料は全て揃えて連邦政府に送っておいたから行く必要はなかったんだが、向こうはリックが来てくれるとそれだけで士気が高まるからとうるさかったんだ。まあ、そうだろうな、稀代の英雄様だ。これ以上のカンフル剤はないだろう。だけどリックが乗り気じゃなくてな。俺もそのままにしておいた。無理強いしても仕方がない。それにあいつに長期出張されると俺の仕事が2倍になるわけで、それはお前、嬉しくないだろう。週末なしとかありえない! リックの分も笑えとか、顔が引きつる!」

「副総督……セキュリティーボタン押しましたか? ちょっとこの状態は表に出せません」

「抜かりはないさ。俺のためにあるようなシステムだからな」


 僕が首を振りつつ肩をすくめれば、少佐はさすがに少々顔を引き締めて続けた。


「それで招待状だ。これを公式に出せば、リックも動かせると思ったんだろうな。ありがた迷惑だが、今回に限っては利用しない手はない」

「しかし、それだけで総督が納得するとは……」

「吹っかけたさ」

「?」


 少佐は実に得意そうに笑ってみせた。


「あいつ、自分の使い方をよくわかってるからな。お前しかできない仕事だって文句に弱いんだよ。マローネ3の件、ただただ報告するだけじゃなくて、宣伝に使えと言ってやった。あいつだけじゃない、お前やシャーロットの命と引き換えだったんだぞ、それくらいの見返しはもらわないとな」

「ああ……」

「だろう? この件を本人が臨場感たっぷりに説明すれば、スロランスフォードへの興味も高まる。それだけの組織と兵器を相手に勝利した星が、どれだけ安全で素晴らしいか、いやでも感じるだろう。さらなる観光客を呼び込むための最高のパフォーマンスだ。そう言ったらあいつ俄然やる気になったのさ。ただただ英雄様扱いで、悪戯に目立つような場所が嫌いなのは昔っからだが、それが仕事ともなれば話は変わってくる」

「なるほど」


 総督のためのサプライズをどうしても成功させたい僕らとしては、総督の出張は願ったり叶ったりだ。


「で、どれくらいの間?」

「聞いて驚くなよ、帰ってくるのは12月24日だ」

「本当ですか!」

「ああ、本当だ。神は我々に微笑んだな」


 少佐の宗派がどこだったか、ちょっと思い出せないが、あまり熱心な信者ではなかったと思う。そんな少佐にも微笑んでくださった神様はずいぶんと心が広いのだろう。何はともあれ、僕らは絶好のチャンスを得た。これで思う存分あれこれできる。ロティが入り浸ったところで何の問題もない。


「さあ、リックが帰って来る前に返事だな。あいつの気が変わらないうちにあれもこれも取り付けてしまうぞ」


 少佐は僕のデスクから自分のオフィスにつなぎ、何か指示を出し始めた。途端顔つきが変わり、なんともできる男の匂いがプンプンするではないか。ああ、そうだった、あとで聖歌隊の件もお礼を言わなくてはと、僕は少佐の仕事ぶりを見つめた。


「ロティ……早く帰ってこないかなあ。なんで総督とかなあ。僕だってデートしたいよ……」


 こっそりと呟けば、いつの間にか通話を終えた少佐が大股に近づいてきて、バンバンと背中を叩かれた。どうやら歴代の天才策士はいついかなる時にも高性能なアンテナが立ってるらしい。


「まあまあ、今は貸してやれ。まずはリックをいい気分にして送り出そう。あとは好きにしていいんだから。何なら泊まりこみも認めるぞ? リックには内緒にしといてやるし」

「……」

「どうした、嬉しくないのか?」


 僕としては嬉しすぎる発言だが、これはいただけない。いきなりそんなことを聞かされたら、ロティはきっと顔を真っ赤にして怒るだろう。ヘソを曲げられては残業さえも危うくなる。行儀悪くデスクに腰掛け、足を組んでニヤニヤしている狸親父を僕は見た。その一言に僕らの未来はかかっている……ダンディーを脱ぎ捨てた少佐がどれだけ厄介なのか、よく分かった午後だった。


 勝負の日まであと18日。


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