20日前 聖地を飾る花とは

 午後のオフィスで僕らは顔を見合わせていた。総督をまくためにも今はまだ様子見で、ロティは隙間時間でしかやって来られない。そんな彼女の訪れをジリジリと待ってのことだ。


「この時期に白……それも聖堂にふさわしい白。それをオペラハウス一杯となると……」

「やっぱり、難しいか……。こうなったらもう花もホログラムで」

「いいえ、だめよ。花はやっぱり本物で。香りだって必要よ」


 スロランスフォードでは雪が降る日もあるけれど、銀河全体が冬というわけではないのだ。近い惑星は同じような状況だが、その先には違う季節が広がっていて、春の花も夏の花も取り寄せられる。しかしそんな派手な動きをすればやはり総督府内でも話題になる。ロティが公園管理事務所所属で、この星の植物の輸出入を一手に引き受けているとはいえ、今までと違うルートで、それも少々高価なものを買うとなると会議ものだろう。それ相応の理由が必要だろうし、いやでも総督の耳に入ることになる。危ないルートはなるべく避けたい。けれどぐずぐずと結論を先延ばししていると、それこそ間に合わなくなる。


「……もう少しだけ待って」

「ああ、この件に関してはきみが専門だから一任するよ」

「……マローネ・デスペランサばっかりじゃ、やっぱりダメよね……」

「それは……」

「だよね。わかってる」


 前回の任務で彼女が得たものの一つは美しい花だ。マローネ・デスペランサ。総督府のナーサリーでわずかな種から発芽させ、大事に育て増やした。今ではロティの自宅温室でも咲き誇る花。

 総督の大好きな花。僕らにとっても特別な花。それはまさにフェルナンド中尉の聖堂に咲く花と同じ姿形をしていて、さらにとんでもなく特別な力を秘めているのだ。まだ実際にそのすごさを誰も体験していないこともあり、僕も気持ち的にはその花が溢れるように捧げられている様子を見たいけれど、それだけが集まっているとなれば、あまりにもあけすけだ。特に総督には。まさにの花だけれど、使い場所を間違えれば致命傷だ。

 

 デスクに向き直ったロティが凄まじいスピードでタイピングし始めた。どうやら膨大な輸入過去データから近距離でこの時期に得られる白を検索しているようだ。それは彼女たちだけに許された非公開データ。部外者がのぞくことはできない。

 幾万幾千の花を状況や流行に合わせてさばいていく公園管理事務所。銀河のあちこちからひっきりなしに飛び込んでくる売り込みの適性を見極め、公正な取引に持ち込み、かつ、その花たちのスロランスフォード帰化さえも考える。スタッフはまさに植物のエキスパートたちなのだ。その頂点にいるロティは「自分はお飾りだから」と謙遜するが、この星へ来てからの彼女の成長は目覚ましく、もう遜色ないほどにチームに溶け込んでいる。誰もが認める一員だ。


「連邦政府に掛け合うわ」

「はあ?」

「これはもう、そういうレベルなのよ。向こうのDF部隊内で動いてもらって、通常の輸入便とは別に艦を飛ばしてもらう。必要な花の種類と量、調達可能な店に目星はつけたわ。ギリギリだと怖いから少なくとも使用予定量の1.5倍は必要だけど、カスターグナーとうちのナーサリーとでどうにか90%は揃えられるはず。いいバランスのものがね。でもあと10%なの。いざという時はマローネを増やすしかないけど、それは最後の手段ね。ああ……もう一種類でいいのに……」


 花の配送に部隊の艦一隻。少佐といいロティといい、あまりにも総督愛がすごくすぎて驚いてしまう。しかし連邦政府を含め、それを認めている上層部ありなのだ。総督は本当にそれだけ価値あるひとだということなのだ。

 そんなことを考えながら、けれど僕は目の前の光景に釘付けだった。悩ましげにため息をつくロティが「セクシーでいい」とは口が裂けても言えないから、密かに目の保養とする。彼女には悪いけれど、誰も知らない素のロティを毎日間近で見ていられるなんて、喜び以外のなにものでもない。気分は上がる一方だ。さすがは少佐。まあ、あの人的には仕事の効率が優先されてのことだろうけれど、ありがたく恩恵に預かっておこう。


「ロティ、いざという時はマローネ・デスペランサでいいよ。置く場所を考えればどうにかなる。あまり根を詰めないで」


 そう言って笑いかければロティがようやく愁眉を開いた。本番当日に、今が最高の瞬間の花を用意するためには、かなりデリケートな配慮が必要となる。運び入れるタイミング、保存する時間と状態、式典となれば総量だって半端ない。最後の10%をどうするか。数字は小さくても実際にはすごい数だろう。大きな問題だ。けれどやりようはあるのだ。奥の手もある。僕は専門家ではないから呑気なだけかもしれないけれど、その呑気さでロティを救えたらと思った。

 いや、実のところ、僕は不思議と不安を感じていなかった。逆に、何かとんでもないものがやってくるんじゃないかとウキウキしていたのだ。ここはスロランスフォードだ。それだけで答えが見つかるような気がした。


 勝負の日まであと20日。


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