21日前 オペラハウスは微笑む
巨大なホログラムを投射するには、やはり巨大な空間が必要だ。それに光の要素も。必要な条件を書き出していた僕は天を仰いだ。
「参ったなあ。まさかここで役立つとはね……」
僕が求める条件を満たすもの、それは僕がついこの間作ったオペラハウスだったのだ。このために用意したのではないかと思えるほどのハマり具合に、笑いがこみ上げる。それを捧げる相手が総督とか……これはもう運命じゃないだろうか。
けれど人気スポットだ。ホリデーシーズンのこの時期、華やかな演目も多く、観光客に人気のオペラハウスに空きがあるとは思えない。急ぎスケジュールを確認すれば……やはり。しかし、それは僕にはなんともまた好都合のものだった。
「副総督、ちょっとお願いがあるんですけど」
ハリソン少佐に連絡をつければ、その内容を聞いた少佐に大笑いされてしまう。
「まじか! ついてるなあ、ハモンド。さすがだ。うん、天才というのはな、運さえも味方につけるもんなんだ。いいか、そういうのをひっくるめて全部自分の力だと思っとけ。自信がある奴にはな、寄ってくるんだよ。何もかもがな。だから今度はそいつをいかにあしらうかだ。まあ、そんな話はおいおいな。今はこの幸運に乗っかろうじゃないか。いやあ、それにしてもいい。いいぞぉ」
少佐は再び爆笑だ。大丈夫なのか、執務室には誰もいないのだろうかと心配になるほど、その笑い声は響き渡っていた。まあ、少佐ほどの人がそんな初歩的なミスを犯すことはないだろうから、僕の心配が杞憂に終わることは間違いないだろうけれど、笑い続ける少佐に困ってしまう。
申し訳ないけれど、どうしてそこまで面白いのか理由がわからない。しかしなんとなく聞くのもはばかられ、僕はしばしその笑いに無言で付き合った。
それにしても笑いすぎだ……大きく肩をすくませれば、離れたデスクに座っていて、このやり取りを知る由もないロティが不思議そうに首を傾げた。まさか上司が大笑い中だと言うわけにもいかず、僕は大丈夫だと言う風に手を振って見せた。
デスクに向き直れば、ようやく笑いを収めた少佐が、ニヤニヤと余韻を残した声で、けれどしっかり約束をしてくれた。
「わりぃ、わりぃ。いやあ、ツボにはまった。まあ、でも後のことは任せておけ。みんなが喜ぶものにしてやるよ。期待して待ってろ」
僕はほっと小さな息を吐き出し、お礼を言って通話を終えた。ロティが後ろに来ていた。
「どうしたの? 大丈夫なの?」
「ああ、問題ないよ。ロティ、大聖堂はオペラハウスの中に作ることになったよ」
「え? この時期に? 押さえられたの?」
さすがは広報とも繋がる部署に所属するロティだ。同じ時期に赴任してきたけれど、すっかりこのスロランスフォードの人流を把握している。そんな彼女にウインクしてみせる。イケボがダメでもこれくらいはいいだろう。一瞬たじろいだロティだったけれど、すぐに仕事モードを発動し、話の続きを促してきた。ちょっと負けた感じで悔しいが、拗ねていても仕方がない。僕は少佐との話の内容をかいつまんで説明する。
「確かにね。あの高さは大聖堂にも引けを取らないわ。雰囲気も似てるし。それに光の量も問題なしね。私には専門的なことはわからないけど、でも、あそこに立っているのを想像したら、なんだか納得だわ。大ホールなら式典にための人数も十分に捌けそうだし、これ以上ない選択ね。それにしても……」
「ああ、それにしてもだよ。こうもうまくいくとは思わなかった。ただ、向こうにもそれなりの計画があっただろうから、そのあたりがね……」
「副総督特権できっと無事解決よ」
「そうだといいんだけど」
「大丈夫よ、天下一品の狸親父なのよ。それくらい朝飯前よ。まあ、あれで意外と繊細な人だから、きっと向こうが喜びそうなものをちゃんと提案するでしょうね」
「同じことを少佐にも言われたよ」
「あら、そう。じゃあ、本当に問題なしね」
ロティには予定されていたものが何かは教えなかった。色よい返事を聞いてからの方がいいだろう。素敵な思いつきではあったけれど、決定ではない段階でロティに話して、もしもの時に彼女を落胆させたくなかった。きっと彼女も僕と同じように考え、期待してしまうことが容易に想像できたからだ。今は、場所が決まったことで生まれるあれこれを詰めていけばいい。
オペラハウスは一から僕の設計だ。誰よりも細かなデータが手元にある。自分のフィールドで戦える強みを最大限に発揮するべきだろう。
「それにしても、総督と同じことを言うんだな……」
運さえも自分のものと思えといった少佐の言葉を思い出す。総督との出会いで大いに自信を引き出された僕は、それをモットーにこの星に乗り込んで、まずはロティを相手にそれを実行したわけだけど、どうやらまだまだらしい。目の前にあるものだけでなく、引き寄せるようにまでなれとは、我が上司は全く怖いもの知らずだ。でもそこには経験してきた者だからこその響きがあった。ありがたく聞いておかねば。
しかし、次はやってきたものをいかにあしらうとか……何だか物騒だ。でもまあ、この上司二人の下にいるのだ。それも当然だろう。
「自分だけじゃなくて、ロティも守れないと、あの親父二人に認めてもらえないだろうな」
「ん? なんか言った?」
「いいや。少佐を驚かすものを作らないとね」
大きく頷くロティを見つめながら、僕の脳は凄まじい速さで回転を始めた。オペラハウスの空間をそのもの以上に感じさせる、さらなる広がりを見せるのだ。建築だけではできない面白みを詰めこみたい。舞台装置だからこその特性がきっと役立つはずだ。この新たな試みに、僕はいたく掻き立てられる自分を感じずにはいられなかった。
勝負の日まであと21日。
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