22日前 大聖堂の仕組みやいかに

「少佐の言う大聖堂って……」

「ええ。ボスは何も言わないけど、きっと憧れてるでしょうね」

「だよね。少佐って……そういうところロマンチストなんだよなあ。だけどいかにもな理由をつけて煙に巻く。本当はシャイな人なんだよね」


 僕の言葉にロティが微笑んだ。少佐とはずっと付かず離れずの関係を保っていた彼女も、先のマローネ3の件で一気に仲を深めた。そこには彼女が心から大事に思う「お父さん」、総督との過去が絡む。それが明らかにされ、少佐は院長とともに心強い味方になったのだ。

 けれどそれは一方で、ロティが今まで以上に連邦政府の核に近づいたことを意味する。背負うものがより一層大きくなる。彼女の安全を考えると手放しでは喜べないけれど、その心を思えば背中を押してやるしかない。


「あぁ、これね……」


 銀河で名高い大聖堂に比べればやや小さくかつ質素な雰囲気。けれど、なんとも静寂に満ちた聖堂内部が写っていた。


「……色がないからかな……。いや、待て! ……白だ」


 僕のつぶやきにロティが息を飲んだのが感じられた。彼女が何を想像したのか、僕にはすぐわかった。

 聖堂はフェルナンド・デスペランサ中尉が少年だった頃、歌声を響かせていた場所だ。溢れるほどの花が飾られている。その全てが白だった。しかし実に様々な白。中でも目を引くのは聖母の足元に捧げられた小さな花で、聖堂の天井に広がる絵の中のものと同じ。その白が、聖堂全体のイメージを作り上げているのだ。

 それは……氷河の白。中尉がかつて総督に言った「リックの瞳のような色」だ。そしてその花は、先の任務を通して、僕たちにとっても決して忘れることのできないものとなっている。

 

「綺麗……」


 ロティのつぶやきに僕も頷く。実に美しい空間だった。マイナスの美学とでもいうべきだろうか。静かなのに例えようもなく印象的なのだ。

 聖母の後ろに広がる窓は円形で大きく、窓枠には精巧な装飾が施されている。けれどそのガラスに色はない。いや違う。うっすらと白のみが使われているのだ。それが降り注ぐ光をより柔らかく神秘的に見せていた。壁面はびっしりと繊細な彫刻に覆われ、窓からの光の中でそれが複雑な影を作り出し、僕らを未知なる世界にいざなうかのようだ。


「宗教が違うと雰囲気もずいぶん変わるのね」

「うん。そうだね。そこにしかない物語があるよね。少佐の気持ち的には華々しく大聖堂だろうけど、僕としては『聖なる空間』を作りたいんだ。宗派を超えて銀河中から集めるんだ。融合するんだよ」

「あぁ……それは素敵ね。スロランスフォードらしいわ」

 

 僕とロティの宗派は同じだ。だから同じものを見て育っている。刷り込みの力というのは大きいから、当然、美しいと思う観点も似てくる。けれど彼女は任務の上で多くの異文化に触れてきていたし、僕は僕で勉強のために多くの星を訪れている。二人でなら誰もが喜んでくれるものを作り上げられると思った。


「だけど……すごい数よ」


 不安そうにロティが僕を見上げた。その瞬間、僕は仕事中だということを忘れた。可愛い。白金の長い髪は無造作にまとめあげられていて勤勉な彼女を物語っていたけれど、……うなじの後れ毛がいい……。でもそれが解けると。僕は知っている……まるで光の滝みたいに……。


「ウィル?」


 思わず惚けてあれこれ想像していた僕に訝しげな声がかかる。悩んでいると思ったのだろう。申し訳ない。でも、不安そうなロティが可愛いのは本当だ。

 どんな時も冷静でデキる上司である彼女に心酔している部下も多い。外では決して弱音を見せないそのロティが、目の前で眉を下げて僕を見ているのだ。抱き寄せて、その甘い唇を思う存分貪りたいと思ったけれど、鋼の精神でそれを阻止した。ご褒美はまだまだお預けだ。その代わりと彼女の耳元に唇を寄せ、とびきり甘い声で囁いた。


「大丈夫だよ、ロティ」


 びくりと彼女が震えた。もう一言と口を開きかけた時、真っ赤な顔をした彼女にぐいと肩を掴まれた。ロティは総督の秘蔵っ子だ。本気を出せば僕など軽く吹っ飛ばされる。プルプルと力を制御しつつ、彼女がよそ行きの声をはりあげた。


「い、いいですか! イケボは禁止です。今度耳元で囁いたら、アシスタント降りますからね!」


 それはとっても残念な通告だったけれど、それだけ声フェチの彼女にとって僕の声が大きな効力だということを意味するわけで、大いに満足して僕はこの理不尽な要求を飲んだ。


「よし、まずは分類だな。グループに分けてそれを支柱とした空間を作る。各支柱ポイントに重ねられたデータは、角度によって本のページをめくるみたいに全て見ることができる。一つの空間の中に幾万という聖地ができるんだ。そしてその一番奥があの聖堂。特別な場所になるけど、この式典が総督のためのものだとわかれば誰もが納得だよ。総督にとって特別な『双頭の獅子』所以の聖地だからね」

「一番奥、揺らめきの一番奥、ということは……」

「そう、扉をあけても見えない。入ってもすぐにはわからないんだ。席に着くまで、総督にはこの仕掛けはわからないってことだよ」

「気がつけばあの聖堂の中ってことね! ウィル、すごい!」


 興奮したロティが飛びついてきた。柔らかな体。甘い香り。ラッキーだと思わず腕が伸びそうになるが、ここは我慢だ。ロティは恥ずかしがり屋だから、我に返ればこの至福の時間も終わりを告げる。邪心を気取られてはいけない。

 彼女にされるがまま、がくがくと揺さぶられる間も言葉を発せず耐える。そうして堪能した後、彼女の思考が次なる話題へと向くように誘導だ。


「でもボスは何にでも首を突っ込みたがるから。あなたが新しいプロジェクトを手がけてるって聞きつけたら、すぐに踏み込んでくるわよ。どうしましょう」

「そこは少佐が頑張ってくれるらしいよ」

「そう……」


 そんなに都合よく、うまい言い逃れがあるとは僕だって思えない。けれど今は少佐の言葉を信じるしかないのだ。


「心配いらないよ。きっとやってくれるさ。僕らは僕らなりに頑張ろう。今はデータ集めだ。全てを受け入れて変化していく聖地の構築。でも色にはこだわりたいな。そこは僕らしく。そう、ぐっとトーンを落として白に向けて……光に帰っていく感じかな」

「白。氷河の白……」

「ああ、最後に結びつくのはそこだ。総督に喜んでもらおう。遠い日から二人は繋がってたんだって、心から感じてもらうんだ」


 ロティが中央管理室に通じるメンバーに連絡する傍らで、僕は今一度フェルナンド中尉の聖堂を見つめた。本当に綺麗な場所。心が洗われるようだ。この氷河の白をそのままそっくり届けるには……。静かに空間に心を添わせれば、おぼろげながらも夢の大聖堂が、僕の中にその姿を見せ始めた。


 勝負の日まであと22日。

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