23日前 天才建築家の誕生

 送られてきた資料を読みつつ、僕は思い出す。総督府のオペラハウス建築家に抜擢された日のことだ。

 同じように大きな賞をとった同期もいる中、たまたまメディアで紹介されて露出が増えたからだろうか、総督が自らやってきた。


「いいねえ。目の保養になる建築家っていうのも悪くない」


 またか、と心の中で舌打ちした。それを持ち出されると辟易する。自分の価値とはなんだろうと心が揺らぐのだ。この人もまた……そう思って密かに落胆していた僕に総督は続けた。


「勘違いするなよ。うちには才能なんて山のようにあるんだ。できて当たり前。だからそれ以上を目指している奴しかいらない。いくら才能があっても、自信のない奴はお断りだ」


 予期せぬ言葉に僕は目を見開いた。総督が自信たっぷりに笑った。


「うちをどこだと思ってる。スロランスフォードだぞ。銀河最先端。うちじゃあな、自分の持つものをフルに活用する豪胆さが何よりなんだ。綺麗な男? 上等じゃないか。武器は多いほうがいい。なあ、全部お前なんだろう? だったらその全部でぶつかってこい。銀河一にしてやるよ」


 僕ははっとして総督を見つめた。目の前の彼は、まさにその言葉を体現しているかのようだった。お飾りのトップなんかじゃない、自らが打って出る稀なる存在なんだと感じた。使えるものは全部使って一流になれ! 全身でそう言われているのだ。コンプレックスが一転して力強いサポーターになる。僕は深く頷き、差し出された手を握り返した。

 もちろん、課された建築内容、惑星のコンセプト、総督の想い。どれもがこれ以上ないほどに魅力的だった。この幸運に感謝しかなかった。

 そうして赴任した先で、さらに思いもしなかったようなあれこれに巻き込まれ……一言で言うならば、そう、僕は人生の醍醐味を知ったと思った。


 それにしても、ここでは全てが度肝を抜かれるほどの衝撃度だ。ハリソン少佐との出会いなんて最低だった。湖で、僕はシャーロットもろともずいぶんと手酷くやられたのだ。本来ならどうしてくれるんだと食ってかかりたいようなことだったけれど、謝罪に現れた少佐にすっかり毒気を抜かれた。世紀の人誑《ひとたら》しが言い訳など一切せず、心から詫びてくれたのだ。それに、あれだけのことを自分の命と引き換えにしようとしていたことを知った時には、たまらなく男気を感じたというか、惚れたというか。早くに父親を亡くした僕にとって、それは理想の父親像だったのかもしれない。


 オペラハウスの落成記念式典で、僕は総督と少佐から熱い抱擁を受けた。嬉しかった。とにかく、ものすごく嬉しかった。完成までの日々は恐ろしく濃厚で、いい意味でも悪い意味でも奇跡の連続だった。そうして精根尽き果てるまで注ぎ込んで作ったものを、総督府の全力で銀河の隅の隅まで声高らかに送り出され、僕は総督のあの日の宣言通り、銀河に名をはせることになったのだ。


 スロランスフォードは総督を筆頭に、全フィールドにおける天才たちの街だ。やりたかったことが想像以上のものになって返ってくる。それはとてつもない刺激だった。学んだもの得たものを仕事以外でいつか返したい。そう思っていた僕にとって、今回のミッションはうってつけだったとも言える。オペラハウスを作らせてくれた総督、その総督が大好きでたまらない少佐、そして僕に人としての夢を与え続けてくれるロティのために、このホログラムの大聖堂を最高のものにしようと心に誓う。


 ロティ、銀河ポートで僕の前に現れた女神。白金の髪に氷河色の瞳。雪の女王のように、取りつく島もないほど鋭く研ぎ澄まされた印象を与える人だった。そんな人が、雨を見てふと表情を崩したのだ。それを盗み見た瞬間、心を鷲掴みにされた。

 一目惚れだった。外見が好みだったことは間違いない。けれどなんというか……完璧さの中にわずかに見え隠れする何かにいたく惹かれたのだ。守ってあげたいと思った。いや、暴きたかったのか。僕だけが知る何かに触れてみたかった。


「総督のための大聖堂……全力を捧げるには値するけど、これはまたとんでもない相手だよね。本当、少佐のスパルタは噂以上だよ……」


 窮地に追い込まれていると言っても過言ではない。無理難題にもほどがある。だけど……やるしかない。いや、やってみせる。やるじゃないか、ハモンド! とあの狸親父に絶対言わせてみせる!


 ワイルドで常に最先端の着こなし、歩く「流行」みたいな総督と、正統派で上品で、紳士のお手本のような佇まいの少佐、この二人に似合うものとなると、そんじょそこらのちょっと小綺麗では済まされない。少佐の「歴史に残る」は言葉の綾なんかじゃない。ズバリそのものだ。ただ物珍しいものを作ればいいわけではない。それは当たり前。そう、いかにスロランスフォードらしいものを作れるか、その名にふさわしいものになるか、僕に要求されているのはそこなのだ。

 巨大なホログラムなんて初めての試みだ。もちろんそこは特殊技能班にカバーされてのこと。僕が作り出すのはまだ誰も見たことのないような大聖堂のデザインだ。それもかなりタイトな期限付き。やるべきことは山積み。一秒だって無駄にはできない。

 それでも、ロティが差し入れを持ってきてくれるだろうか、そんなことをちらりと考えた。途端、頬が緩む。命をかけた時間の中に、そんな甘い一滴があってもいいだろう。きっと総督も少佐も、それを知っているからこそ、戦うことに迷いがないのだ。


「そうか、ようやっと僕も仲間入りだな……」


 ポーカーフェイスがご自慢の僕のお姫様が、どんな甘さを運んできてくれるのか。そんな楽しみをご褒美に、僕は目の前の膨大な資料の海に飛び込んだ。


 勝負の日まであと23日。

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