カテドラル・ラプソディ〜Advent Calendar 2021〜

クララ

24日前 狸親父の計画

「ハモンド、ちょっといいか?」


 ノックとともに聞こえたにこやかな声に僕は苦笑が隠せない。その後ろ手はすでにしっかりとドアを閉めている。もちろんその横にある不可視のセキュリティーボタンも抜かりなく押して。「ちょっといいか」ではない「ちょっと顔貸せ」状態だ。


「もちろんですよ、副総督。どうぞこちらへ」


 それでもこの茶番劇に付き合って、僕が応接セットのソファーを勧めれば、シックな三揃えのスーツに身を包んだ副総督=ロバート・ハリソン少佐が、総督府の用意した最高級のそれに、なんとも無駄のない美しい動きで腰を下ろした。


(似合う、似合いすぎる……。これぞ超一流、だな。この段階で、きっとみんな飲まれるんだろうなあ……)


 総督とはまた違った意味で金のかかった男《ひと》。全てが隙なしの最高水準。それでいて甘やかで優しげで人当たりがよく、包容力をいたく感じさせ、ついつい頼ってしまいたくなる。そして極め付けはその話術。この人を前にすると、ひた隠しにしてきたものを吐き出してしまいたくなるのだ。それが少佐の才能の一つ。仕草も言葉も雰囲気も、総督とは全く正反対のようでいて、実は同じ穴のむじな……。ロティのいう「狸親父」だ。

 その少佐が、爽やかな笑顔のまま口を開いた。けれどその音声は外で聞くそれではなかった。これは……僕はとっさに身構えた。


「なあ、ハモンド。大聖堂を1つ作ってくれないか?」

「大、聖堂ですか……?」

「ああ、そうだ。頼むな。期限は月末だ!」

「ちょっ、ちょっと待ってください。いくらなんでもそれは……」


 思わず腰を浮かしかけた僕に、狸親父はニヤリと笑いかけた。さっきまでのダンディーな微笑みではない。命がけの荒々しい戦場をくぐり抜けてきた、百戦錬磨の天才策士の悪い顔だ。言い方だって、もう品がいいとは言えない。


「まあ、落ち着けよ。誰も実際に作れとは言ってないぞ」

「え?」

「大聖堂を見せてくれ、感じさせてくれ。なんというか……そうだな、歴史に残るイリュージョンか? 銀河がひっくり返るくらいのな。ああ、チームに必要な人員はいくらでも引き抜いてきてやる。それと、予算のことは気にするな。思う存分やってくれ。なあに特別費用枠だ。なんなら来期分だって合算してやるぞ。どうだ、やってくれるよな、うちの天才建築家殿?」

「……特別枠でイリュージョン……」


 予想もしなかった相談、もとい決定に僕は目を白黒させる。想像が追いつかない。というか、なんだかあれこれついていけない。


(イリュージョンって……実際の大きさの3D映像ってこと、か? ホログラム? 何でそんなもの。何のために?)


 あまりに動揺しすぎて、どうやら心の声が漏れだしたようだ。けれど少佐は気にするどころか、反対にうんうんと頷きながら嬉しそうに笑った。もはや、ダンディーなイケオジではなく、やんちゃな少年のように見えるのは気のせいだろうか。


「そりゃあ、お前、リックの誕生日だからだよ!」

「へ?」

(誕生、日……総督府予算の特別枠で? 2期分使っても構わない? いやいや、いくら総督のためとはいえ、それはやりすぎじゃあ……)


 突拍子もないうえに規模が大きすぎて開いた口が塞がらない。それでも、どうにか立ち直った僕は言葉を振り絞った。


「……副総督、それって公私混同では」

「あ? なんか言ったか? よ〜し、問題ないな。いいか、最高のものを頼むぞ。期待してるからな、ハモンド。もちろんアシスタントにはシャーロットをつけるから、そこは心配するな」


 僕の返事など待たず、少佐は朗らかに笑いながらドアを開けた。もちろんすでに品のいいにこやかな笑顔仕様だ。シャーロット、愛しのロティまで貸し出されてはもう後には引けない。やられた……完璧に退路は断たれた。いや……この人が出張ってきた時点で勝敗は決まっていたのだ。答えが「否」という選択など、ありえなかった……。



 これは、総督府お抱えの建築家である僕、ウィルフレッド・アーチャー・ハモンドの奮闘記。期限はたった1か月弱。ミッション「歴史に残る大聖堂を建てろ!」。こうして第1日目は切って落とされた。


 勝負の日まであと24日。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る